☆このブログについて☆
当ブログへようこそ。ここでは「些細な事、どうでもよい事へのこだわり」をテーマに、管理人の思うがままを綴っています。
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自己満足的な画像と他愛もない文章の羅列ですが、すべては「ピントの外れた男の戯れ言」として、どうぞご笑覧ください。
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2.エントリーの文中に管理人の「好き嫌い」や思想信条等がやや過激に表現されることがありますが、これらはあくまで管理人個人の意見であり、他者への中傷等の意図はありませんので、ご了承ください。
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Latest Entries
加油(ジャーヨー)
まずは本題と関係ない突っ込みから。
今しがた日テレ系「ザ・世界仰天ニュース」を見ていたら、
「1995年7月」という注釈付きの再現映像が流れた。
ところは広島県福山市、JR福山駅北口(という設定)。
人待ち顔の主人公の背後に、緑のクロックスを履いた
女性が一瞬映った。繰り返すが時代設定は1995年。
1995年の日本にクロックスは存在しませんから。
さて本題。
「加油」に「黙れ」でネット大炎上…女子テニス中国の李娜
李娜はテニス女子シングルス準決勝でロシアの選手に敗れ、
その試合後に観客席に向かって「シャラップ!!」と叫んだらしい。
それに対し中国の電網上では喧々諤々の大騒ぎだとか。
一つ疑問なのが、李娜はなぜ英語(Shut up)で叫んだのだろう。
観客に静粛を求めるなら、観客席の大多数を占めているであろう
「同胞」に分かるように、中国語で叫べば良かったではないか。
それとも「同胞」を敵に回したくないから英語を使ったのか。
李娜の叫びについては、野次を飛ばした中国人観客だけに向けたもの、
と解する意見と、騒々しい観客全体に向けたものと解する意見とがある。
選手としては、一人の野次も観客全体の大音声も同じぐらい迷惑であろう。
過去のテニスやゴルフの中継を見る限り、試合中の観客は実に静かだった。
観客たちは選手の一挙一動を見守り、好プレーに初めて拍手を送る。
テニスでは逆に、選手の息遣いや唸り声が聞こえてくるほどであった。
今回の一件は、選手の品格よりも観客の品格が問われるべきだろう。
いくら自国選手を応援するとはいえ、場を弁えることは大切だ。
ましてやオグシオが戦うコートに向かって「殺せ」はないだろう。
私の周囲で中国渡航経験のある人は「中国は騒々しい」と口を揃える。
ある人は「大阪のオバちゃん並にうるさい」とまで言い切る。
五輪会場での「加油」の大合唱は、想像を絶する轟音なのかもしれない。
もっとも、わが日本のスポーツ観戦者たちが品が良い、とも言い切れない。
例えばバレーボールの試合。会場内は本当に騒々しいようである。
テレビ中継を見ていると、館内放送が大音響でがなり立てているし、
観客はサーブの度に「ソーレ!!」、ピンチの度に「ニッポン!!(チャチャチャ)」。
バレーやサッカーといった球技は、騒ぐなと言うほうが無理かもしれない。
むしろ観客の大声援が励みになる、という選手も少なくないようだ。
しかしフィギュアスケートの会場で、浅田真央が本番に挑むという時に
観客席から金切り声が聞こえるというのは、如何なものだろうか。
もう一つ解せないのは、日清オイリオが現在流しているテレビCM。
五輪期間中の特別バージョンなのか、福原愛などが一瞬登場し、
観客席が映る場面では「加油」の大合唱。
油のCMだけに「加油」を使いたかったのだろうが、何も日本のCMに
中国人の応援コールを流さなくても良さそうなものである。
今しがた日テレ系「ザ・世界仰天ニュース」を見ていたら、
「1995年7月」という注釈付きの再現映像が流れた。
ところは広島県福山市、JR福山駅北口(という設定)。
人待ち顔の主人公の背後に、緑のクロックスを履いた
女性が一瞬映った。繰り返すが時代設定は1995年。
1995年の日本にクロックスは存在しませんから。
さて本題。
「加油」に「黙れ」でネット大炎上…女子テニス中国の李娜
李娜はテニス女子シングルス準決勝でロシアの選手に敗れ、
その試合後に観客席に向かって「シャラップ!!」と叫んだらしい。
それに対し中国の電網上では喧々諤々の大騒ぎだとか。
一つ疑問なのが、李娜はなぜ英語(Shut up)で叫んだのだろう。
観客に静粛を求めるなら、観客席の大多数を占めているであろう
「同胞」に分かるように、中国語で叫べば良かったではないか。
それとも「同胞」を敵に回したくないから英語を使ったのか。
李娜の叫びについては、野次を飛ばした中国人観客だけに向けたもの、
と解する意見と、騒々しい観客全体に向けたものと解する意見とがある。
選手としては、一人の野次も観客全体の大音声も同じぐらい迷惑であろう。
過去のテニスやゴルフの中継を見る限り、試合中の観客は実に静かだった。
観客たちは選手の一挙一動を見守り、好プレーに初めて拍手を送る。
テニスでは逆に、選手の息遣いや唸り声が聞こえてくるほどであった。
今回の一件は、選手の品格よりも観客の品格が問われるべきだろう。
いくら自国選手を応援するとはいえ、場を弁えることは大切だ。
ましてやオグシオが戦うコートに向かって「殺せ」はないだろう。
私の周囲で中国渡航経験のある人は「中国は騒々しい」と口を揃える。
ある人は「大阪のオバちゃん並にうるさい」とまで言い切る。
五輪会場での「加油」の大合唱は、想像を絶する轟音なのかもしれない。
もっとも、わが日本のスポーツ観戦者たちが品が良い、とも言い切れない。
例えばバレーボールの試合。会場内は本当に騒々しいようである。
テレビ中継を見ていると、館内放送が大音響でがなり立てているし、
観客はサーブの度に「ソーレ!!」、ピンチの度に「ニッポン!!(チャチャチャ)」。
バレーやサッカーといった球技は、騒ぐなと言うほうが無理かもしれない。
むしろ観客の大声援が励みになる、という選手も少なくないようだ。
しかしフィギュアスケートの会場で、浅田真央が本番に挑むという時に
観客席から金切り声が聞こえるというのは、如何なものだろうか。
もう一つ解せないのは、日清オイリオが現在流しているテレビCM。
五輪期間中の特別バージョンなのか、福原愛などが一瞬登場し、
観客席が映る場面では「加油」の大合唱。
油のCMだけに「加油」を使いたかったのだろうが、何も日本のCMに
中国人の応援コールを流さなくても良さそうなものである。
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- 2008-08-20
- 音楽・スポーツ
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五輪女子マラソン
今日は北京五輪女子マラソンが行われた。中継は日テレが担当。
朝八時から特番開始。スタジオは桜井翔がやたらと目立つ。
堀尾アナはジャニタレの添え物のような気がしないでもない。
解説は千葉真子。彼女は前髪を額に垂らし後ろはポニーテール。
赤い服に特徴ある喋り方と相俟って、一瞬中国人かと思った。
スタートまでの間、スタート地点やゴール付近の様子を映し、
またコース説明や日本選手、そのライバル選手などを紹介。
スタート地点には鈴江奈々、ゴール付近には森麻季の各アナが待機。
選手紹介映像、コース概要映像などのナレーターは中尾良平。
コース概要のCG映像は箱根駅伝のそれを彷彿させるものだった。
今回は野口みずきが体調不良により五輪開始後に欠場を表明。
日本は土佐礼子、中村友梨香の二人が挑むことになった。
中村は五輪代表選考を兼ねた今年の名古屋マラソンで優勝。
千葉は中村のピッチ走法が北京の堅い路面には有効だと説明。
日本代表が履くシューズは、従来品に比べ着地時の反発力を
15%高く設定し、これにより御飯一杯半分のエネルギー節約になるとか。
今朝の北京は曇り空のようだが、曇っているのは天気のせいだけだろうか。
気温は23度とのことだが、昼が近づくと30度を超えるとの予報。
競技解説は有森裕子。増田明美は今回お呼びではなかったか。
実況は鈴木健アナ。この人はプロ野球実況のイメージが強いのだが。
スタートは日本時間で八時半過ぎ。千葉はレース前のコメントで、
スタート時の位置が良ければ上位を狙えると語っていた。
ナレーションは「バルセロナ以来の栄光の軌跡」と仰々しかったが、
桜井はさすがに「三大会連続金なるか!?」とは言わなかったと思う。
「五大会連続のメダル」と「表現を幾分和らげ」たのは苦肉の策か。
野口欠場で金メダルの可能性が遠のいた、と言いたいのだろうが、
それでは土佐と中村に失礼だ。彼女たちも内に秘めたものがあろう。
レースは五キロ地点での上位選手タイムが十八分台と発表された。
解説によると幾分スローペースだという。コースの後半に上り坂があり、
また堅い路面ということもあってか、当初は様子見といったところらしい。
その中で一人、アメリカのディーナ・カスターが十八分経過後に棄権。
彼女も上位争いの有力候補と目されていたようだが、右足を痛めた模様。
有森は「足をひねったのでは」と分析。これも堅い路面の影響か。
(有森は当初「足が折れたと意思表示しているようだ」と語っていた)
中継映像は全世界に配信されているものだが、時々画面が止まった。
またスローモーションも随所に挟んだが、これは必要なのだろうか。
「篤姫」では堀切園健太郎ディレクターが好んでスローを使っていたが。
五キロ地点以降、私は暫くテレビを離れ、三十キロ地点付近で再び視聴。
土佐は十九キロ付近で遅れが出たらしい。調子が良くないようだ。
中村は先頭から1分15秒遅れで三十キロ地点を通過。有森は中村を
「動きが小さくなってきた」と評した。イギリスのラドクリフも辛そうである。
先頭はルーマニアのトメスク。二位集団を引っ張るのが中国の周春秀。
二位集団にはケニアのヌデレバも含まれている。中村はそのかなり後方。
トメスクの三十キロ通過タイムは一時間四十五分台。実況席は「遅い」と断言。
かつて高橋尚子が出した五輪記録は三十キロが一時間三十八分台。
有森によると、全体にスローペースで、これで調子が狂った選手もいるようだ。
また席を外し、暫くして戻ると既に二位集団が四十キロ地点を通過していた。
先頭は相変わらずトメスク。二位集団の上方ではケニア勢と中国勢が競り合い。
トメスクは二位集団を大きく引き離し、鳥の巣のゴールに2時間26分44秒で到着。
二位は競り合いの末ヌデレバ。三位が周。四位中国の朱、五位ケニアのコム。
中村は十三位、ラドクリフは二十三位。画面は土佐を待たずにスタジオに戻った。
コンスタンティナ・トメスクは三年前の世界陸上で銅メダルを獲得していた。
有森は彼女の走る姿を、アトランタの覇者ロバ・ファツマにダブらせていた。
千葉はトメスクの勝因を、コースを知りつくしペース配分が絶妙だったと総括。
その傍らで桜井と堀尾アナが若干表情が沈んでいたのが対照的だった。
ところでゼッケン1653番の選手は、他の選手と違いハイソックスを着用。
肌の色がやや黒く、白いソックスが目立った。彼女の名前は分からない。
朝八時から特番開始。スタジオは桜井翔がやたらと目立つ。
堀尾アナはジャニタレの添え物のような気がしないでもない。
解説は千葉真子。彼女は前髪を額に垂らし後ろはポニーテール。
赤い服に特徴ある喋り方と相俟って、一瞬中国人かと思った。
スタートまでの間、スタート地点やゴール付近の様子を映し、
またコース説明や日本選手、そのライバル選手などを紹介。
スタート地点には鈴江奈々、ゴール付近には森麻季の各アナが待機。
選手紹介映像、コース概要映像などのナレーターは中尾良平。
コース概要のCG映像は箱根駅伝のそれを彷彿させるものだった。
今回は野口みずきが体調不良により五輪開始後に欠場を表明。
日本は土佐礼子、中村友梨香の二人が挑むことになった。
中村は五輪代表選考を兼ねた今年の名古屋マラソンで優勝。
千葉は中村のピッチ走法が北京の堅い路面には有効だと説明。
日本代表が履くシューズは、従来品に比べ着地時の反発力を
15%高く設定し、これにより御飯一杯半分のエネルギー節約になるとか。
今朝の北京は曇り空のようだが、曇っているのは天気のせいだけだろうか。
気温は23度とのことだが、昼が近づくと30度を超えるとの予報。
競技解説は有森裕子。増田明美は今回お呼びではなかったか。
実況は鈴木健アナ。この人はプロ野球実況のイメージが強いのだが。
スタートは日本時間で八時半過ぎ。千葉はレース前のコメントで、
スタート時の位置が良ければ上位を狙えると語っていた。
ナレーションは「バルセロナ以来の栄光の軌跡」と仰々しかったが、
桜井はさすがに「三大会連続金なるか!?」とは言わなかったと思う。
「五大会連続のメダル」と「表現を幾分和らげ」たのは苦肉の策か。
野口欠場で金メダルの可能性が遠のいた、と言いたいのだろうが、
それでは土佐と中村に失礼だ。彼女たちも内に秘めたものがあろう。
レースは五キロ地点での上位選手タイムが十八分台と発表された。
解説によると幾分スローペースだという。コースの後半に上り坂があり、
また堅い路面ということもあってか、当初は様子見といったところらしい。
その中で一人、アメリカのディーナ・カスターが十八分経過後に棄権。
彼女も上位争いの有力候補と目されていたようだが、右足を痛めた模様。
有森は「足をひねったのでは」と分析。これも堅い路面の影響か。
(有森は当初「足が折れたと意思表示しているようだ」と語っていた)
中継映像は全世界に配信されているものだが、時々画面が止まった。
またスローモーションも随所に挟んだが、これは必要なのだろうか。
「篤姫」では堀切園健太郎ディレクターが好んでスローを使っていたが。
五キロ地点以降、私は暫くテレビを離れ、三十キロ地点付近で再び視聴。
土佐は十九キロ付近で遅れが出たらしい。調子が良くないようだ。
中村は先頭から1分15秒遅れで三十キロ地点を通過。有森は中村を
「動きが小さくなってきた」と評した。イギリスのラドクリフも辛そうである。
先頭はルーマニアのトメスク。二位集団を引っ張るのが中国の周春秀。
二位集団にはケニアのヌデレバも含まれている。中村はそのかなり後方。
トメスクの三十キロ通過タイムは一時間四十五分台。実況席は「遅い」と断言。
かつて高橋尚子が出した五輪記録は三十キロが一時間三十八分台。
有森によると、全体にスローペースで、これで調子が狂った選手もいるようだ。
また席を外し、暫くして戻ると既に二位集団が四十キロ地点を通過していた。
先頭は相変わらずトメスク。二位集団の上方ではケニア勢と中国勢が競り合い。
トメスクは二位集団を大きく引き離し、鳥の巣のゴールに2時間26分44秒で到着。
二位は競り合いの末ヌデレバ。三位が周。四位中国の朱、五位ケニアのコム。
中村は十三位、ラドクリフは二十三位。画面は土佐を待たずにスタジオに戻った。
コンスタンティナ・トメスクは三年前の世界陸上で銅メダルを獲得していた。
有森は彼女の走る姿を、アトランタの覇者ロバ・ファツマにダブらせていた。
千葉はトメスクの勝因を、コースを知りつくしペース配分が絶妙だったと総括。
その傍らで桜井と堀尾アナが若干表情が沈んでいたのが対照的だった。
ところでゼッケン1653番の選手は、他の選手と違いハイソックスを着用。
肌の色がやや黒く、白いソックスが目立った。彼女の名前は分からない。
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- 2008-08-17
- 音楽・スポーツ
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トラックの戦士たち
北京五輪の開会式は、またしても「偽装」が明らかになったらしい。今さら驚かないが。
「五十五(五十六)民族の子どもたち」が実は漢民族オンリーだった、とのこと。
中国当局は二十数年前の某国総理みたく「中国は単一民族」と強弁する気か。
昨日のフジ系五輪特番で、フェンシング太田のインタビューを聞いていた浜田が
「関西弁喋っとったな」と意外そうだったが、古田がすかさずフォロー。
彼は滋賀県出身だそうですよ、と。監督経験者だけに出演者の扱いに慣れている。
今夜のフジ五輪特番は一転して、比較的穏やかに進行していた。
スタジオには古田と平井理央しかいないのだから当然だろうか。
柔道の中継(録画)も終わり、康生もお役御免となったのか。
相武は残しておいても良かったのではないかと思う。
今回、相武と同い年の上戸彩に五輪キャスターの話は来なかったのかね。
彼女はドラマやCMが忙しいのだろうが、トリノ五輪でキャスターを体験して
今回はお呼びでなかった、というのは何か他の事情があるのだろうか。
フジは今夜八時半過ぎあたりから、陸上の男子百メートル二次予選を中継。
といっても競技本番前に、ジャマイカのウサイン・ボルトとアサファ・パウエルの
インタビュー映像などを延々と流していたわけだが。
ジャマイカは世界記録を狙う二人のスプリンターを擁するわけだが、
これにアメリカのタイソン・ゲイを加えた三人がトップを争う構図だ。
日本からはベテラン朝原宣治(大阪ガス)と新鋭塚原直貴(富士通)が参戦。
塚原は二次予選を三位で通過し、準決勝に進むことが出来た。
塚原は試合前インタビューで、九秒台というスゲー未知の世界を体験したい、
と語っていたが、ジャマイカの二人とはコメントでも差が付いている。
パウエルはインタビューで、金と世界記録を狙っていると力強く宣言。
決勝に向けてライバルたちも徐々に調子を上げてきているだろうが、
自分もエキサイトしているし、ハイレベルな戦いが楽しい、と余裕綽綽。
ボルトはボルトで、パウエルは良きライバルであり友人だとコメント。
パウエルは自分を高める存在であり、これからも競い続けたい、と。
九秒台がスゲー未知の世界、などというレベルではないのだ。
九秒六という神の領域は到達可能、と言い切るのである。
私たちはニッポンの選手に声援を送るだけでなく、神の領域に挑む
海外のアスリートたちにも大いに注目し、声援を送るべきなのだろう。
いわば、世陸における織田裕二の視点で五輪を楽しむ姿勢である。
私は男子百メートル二次予選は、タイソン・ゲイのゴールまでを見た。
解説は伊東浩司、実況はNHKの工藤三郎アナ。工藤氏も長いね。
そのゲイの予選では、工藤アナが「先頭に続いてゲイ」等々実況したが、
あまりゲイ、ゲイと連呼されると、つい「違うゲイ」を連想してしまった。
水泳のイアン・ソープの「ソープ行った、抜いた」みたいなものか。
男子百メートル中継の前には、女子一万メートル「三人娘」が紹介された。
渋井陽子と福士加代子はマラソン選考に漏れ、一万メートルで勝負。
しかし千葉も福士も、ルックスのイメージと比べやたら声が太い感じ。
赤羽有紀子は子連れ選手。長女が生まれてから本気で競技に取り組み、
練習は長女同伴。でも他の選手らと一緒の練習で子連れは如何なものか。
去年の大阪世陸中継で福士を見た時は、その外見と受け答えの印象から
私は彼女を密かに「トラックの青木さやか」と命名してしまった。
しかし「三人娘」紹介映像を見て、その考えを改めた。
映像の中の福士は、トラックで倒れ込みつつもゴールを目指して走っていた。
その真剣な姿に、彼女をお笑い芸人にダブらせた自分が恥ずかしかった。
この場を借りて、福士加代子に謝りたいと思う。福士さん、すみませんでした。
女子一万メートル決勝の結果
福士十一位、渋井十七位、赤羽二十位。
「五十五(五十六)民族の子どもたち」が実は漢民族オンリーだった、とのこと。
中国当局は二十数年前の某国総理みたく「中国は単一民族」と強弁する気か。
昨日のフジ系五輪特番で、フェンシング太田のインタビューを聞いていた浜田が
「関西弁喋っとったな」と意外そうだったが、古田がすかさずフォロー。
彼は滋賀県出身だそうですよ、と。監督経験者だけに出演者の扱いに慣れている。
今夜のフジ五輪特番は一転して、比較的穏やかに進行していた。
スタジオには古田と平井理央しかいないのだから当然だろうか。
柔道の中継(録画)も終わり、康生もお役御免となったのか。
相武は残しておいても良かったのではないかと思う。
今回、相武と同い年の上戸彩に五輪キャスターの話は来なかったのかね。
彼女はドラマやCMが忙しいのだろうが、トリノ五輪でキャスターを体験して
今回はお呼びでなかった、というのは何か他の事情があるのだろうか。
フジは今夜八時半過ぎあたりから、陸上の男子百メートル二次予選を中継。
といっても競技本番前に、ジャマイカのウサイン・ボルトとアサファ・パウエルの
インタビュー映像などを延々と流していたわけだが。
ジャマイカは世界記録を狙う二人のスプリンターを擁するわけだが、
これにアメリカのタイソン・ゲイを加えた三人がトップを争う構図だ。
日本からはベテラン朝原宣治(大阪ガス)と新鋭塚原直貴(富士通)が参戦。
塚原は二次予選を三位で通過し、準決勝に進むことが出来た。
塚原は試合前インタビューで、九秒台というスゲー未知の世界を体験したい、
と語っていたが、ジャマイカの二人とはコメントでも差が付いている。
パウエルはインタビューで、金と世界記録を狙っていると力強く宣言。
決勝に向けてライバルたちも徐々に調子を上げてきているだろうが、
自分もエキサイトしているし、ハイレベルな戦いが楽しい、と余裕綽綽。
ボルトはボルトで、パウエルは良きライバルであり友人だとコメント。
パウエルは自分を高める存在であり、これからも競い続けたい、と。
九秒台がスゲー未知の世界、などというレベルではないのだ。
九秒六という神の領域は到達可能、と言い切るのである。
私たちはニッポンの選手に声援を送るだけでなく、神の領域に挑む
海外のアスリートたちにも大いに注目し、声援を送るべきなのだろう。
いわば、世陸における織田裕二の視点で五輪を楽しむ姿勢である。
私は男子百メートル二次予選は、タイソン・ゲイのゴールまでを見た。
解説は伊東浩司、実況はNHKの工藤三郎アナ。工藤氏も長いね。
そのゲイの予選では、工藤アナが「先頭に続いてゲイ」等々実況したが、
あまりゲイ、ゲイと連呼されると、つい「違うゲイ」を連想してしまった。
水泳のイアン・ソープの「ソープ行った、抜いた」みたいなものか。
男子百メートル中継の前には、女子一万メートル「三人娘」が紹介された。
渋井陽子と福士加代子はマラソン選考に漏れ、一万メートルで勝負。
しかし千葉も福士も、ルックスのイメージと比べやたら声が太い感じ。
赤羽有紀子は子連れ選手。長女が生まれてから本気で競技に取り組み、
練習は長女同伴。でも他の選手らと一緒の練習で子連れは如何なものか。
去年の大阪世陸中継で福士を見た時は、その外見と受け答えの印象から
私は彼女を密かに「トラックの青木さやか」と命名してしまった。
しかし「三人娘」紹介映像を見て、その考えを改めた。
映像の中の福士は、トラックで倒れ込みつつもゴールを目指して走っていた。
その真剣な姿に、彼女をお笑い芸人にダブらせた自分が恥ずかしかった。
この場を借りて、福士加代子に謝りたいと思う。福士さん、すみませんでした。
女子一万メートル決勝の結果
福士十一位、渋井十七位、赤羽二十位。
- ▲
- 2008-08-15
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偽装五輪
「全世界に感動を呼び起こした」とされた北京五輪開会式中継は
編集が入っていたという。自国の歴史の紹介だけでは飽き足らず、
虚像を全世界に送り出してまでプライドを保ちたかったのか。
赤い服を着た少女の独唱では、別の少女の歌声を流していたそうな。
あのシーンを見ていた家人は「どう見ても口パクだ」と見抜いていたが、
私は口パクを疑いつつも、彼女の右ほほにマイクが付いていたのを見て
「口パクではないかな」と思っていた。しかし結果は家人の言うとおり。
そして足跡形の花火が「鳥の巣」に近づくシーン。あれはCG合成だそうな。
確かに、市街地の方々で花火を上げるのは並大抵のことではないわな。
事前にわざわざ「足」の通り道の建物を撤去するわけにも行かないし。
(今の中国当局なら形振り構わず撤去してしまいそうだが)
もっとも、北京五輪自体がある意味フィクションである、とも見なせるし、
ここで口パクや花火の合成映像といった舞台裏事情が明かされても
「やっぱり偽装の国だわい」と納得する人が多いのではなかろうか。
開会式の偽装は致し方ないとしても、協議の判定に偽装を持ち込むな。
少女の口パクは中国側の説明だと、声の主の顔を出せない事情があった、
とのことだが、変に気をまわすと諸外国から余計に勘繰られることになろう。
「ドラえもん」で、のび太がアイドル歌手に変装して歌手本人と入れ替わる
エピソードがあったが、変装したのび太は声までは変えることができず、
歌番組の収録を口パクで乗り切った、という場面があった。
開会式に臨んだ少女は、もしかすると声が良くなかったのだろうか。
北京は空気が汚れているというが、それで喉を痛めたのかもしれない。
今夜のフジ五輪特番では、古田と相武紗季がフェンシングの太田雄貴を直撃。
二人はメダルに触っただけでなく、フェンシングを実際に握ったりした。
コメンテーターの井上康生は、銀メダルを獲得した太田を絶賛していたが、
浜田に「嫌らしいな、お前がまとめていいとこ取りか」と突っ込まれた。
康生は試合解説を希望していたのかもしれないが、解説は先輩篠原が担当。
試合解説になれば、スタジオで浜田に突っ込まれることもなかったろう。
フジの浜田、日テレのさんま、TBSの中居と、主な民放は足並み揃えて
甲高い声でハイテンションの持ち主をメインキャスターに起用したもんだ。
テレ朝の松岡のほうがよっぽどマシだと思うけどな。
TBSはシドニーの際は寺脇康文を起用していたが、寺脇は今や
他局のドラマの顔となったから、今さら声をかけにくいのかもな。
TBSは野球の日本−台湾戦を中継したが、試合開始は九時だというのに
番組自体は八時前開始。九時前まではフジを見ていた。
(試合解説は与田剛、実況は初田啓介アナ担当)
そして九時前にTBSに変えたら、いきなり中居が騒いでいる場面登場。
家人は中居を見て、こいつは頭(頭髪)がヤバイぞ、と笑い飛ばした。
中居は映画の役作りのために坊主頭になったと聞いたが、最近までは
帽子をがぶったままテレビに出演していた。やっと髪の毛が伸びたか。
テレビ局は中居の頭髪をCGで誤魔化すことを考えなかったのかね。
あと、松岡を除く五輪特番キャスターの口パクは技術的に可能だろうか。
編集が入っていたという。自国の歴史の紹介だけでは飽き足らず、
虚像を全世界に送り出してまでプライドを保ちたかったのか。
赤い服を着た少女の独唱では、別の少女の歌声を流していたそうな。
あのシーンを見ていた家人は「どう見ても口パクだ」と見抜いていたが、
私は口パクを疑いつつも、彼女の右ほほにマイクが付いていたのを見て
「口パクではないかな」と思っていた。しかし結果は家人の言うとおり。
そして足跡形の花火が「鳥の巣」に近づくシーン。あれはCG合成だそうな。
確かに、市街地の方々で花火を上げるのは並大抵のことではないわな。
事前にわざわざ「足」の通り道の建物を撤去するわけにも行かないし。
(今の中国当局なら形振り構わず撤去してしまいそうだが)
もっとも、北京五輪自体がある意味フィクションである、とも見なせるし、
ここで口パクや花火の合成映像といった舞台裏事情が明かされても
「やっぱり偽装の国だわい」と納得する人が多いのではなかろうか。
開会式の偽装は致し方ないとしても、協議の判定に偽装を持ち込むな。
少女の口パクは中国側の説明だと、声の主の顔を出せない事情があった、
とのことだが、変に気をまわすと諸外国から余計に勘繰られることになろう。
「ドラえもん」で、のび太がアイドル歌手に変装して歌手本人と入れ替わる
エピソードがあったが、変装したのび太は声までは変えることができず、
歌番組の収録を口パクで乗り切った、という場面があった。
開会式に臨んだ少女は、もしかすると声が良くなかったのだろうか。
北京は空気が汚れているというが、それで喉を痛めたのかもしれない。
今夜のフジ五輪特番では、古田と相武紗季がフェンシングの太田雄貴を直撃。
二人はメダルに触っただけでなく、フェンシングを実際に握ったりした。
コメンテーターの井上康生は、銀メダルを獲得した太田を絶賛していたが、
浜田に「嫌らしいな、お前がまとめていいとこ取りか」と突っ込まれた。
康生は試合解説を希望していたのかもしれないが、解説は先輩篠原が担当。
試合解説になれば、スタジオで浜田に突っ込まれることもなかったろう。
フジの浜田、日テレのさんま、TBSの中居と、主な民放は足並み揃えて
甲高い声でハイテンションの持ち主をメインキャスターに起用したもんだ。
テレ朝の松岡のほうがよっぽどマシだと思うけどな。
TBSはシドニーの際は寺脇康文を起用していたが、寺脇は今や
他局のドラマの顔となったから、今さら声をかけにくいのかもな。
TBSは野球の日本−台湾戦を中継したが、試合開始は九時だというのに
番組自体は八時前開始。九時前まではフジを見ていた。
(試合解説は与田剛、実況は初田啓介アナ担当)
そして九時前にTBSに変えたら、いきなり中居が騒いでいる場面登場。
家人は中居を見て、こいつは頭(頭髪)がヤバイぞ、と笑い飛ばした。
中居は映画の役作りのために坊主頭になったと聞いたが、最近までは
帽子をがぶったままテレビに出演していた。やっと髪の毛が伸びたか。
テレビ局は中居の頭髪をCGで誤魔化すことを考えなかったのかね。
あと、松岡を除く五輪特番キャスターの口パクは技術的に可能だろうか。
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- 2008-08-14
- テレビ四方山話
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本当に真っ白だったのか
故・赤塚不二夫氏告別式でのタモリ氏の弔辞が話題となっている。
その内容もさることながら、氏が手にした原稿は白紙だったのではないか、
と噂されているそうな。もっとも氏からは現時点で何ら言及はない。
今朝のTHE・サンデーにもタモリ氏の弔辞の場面が紹介されていたが、
その映像を見る限り、氏の持つ原稿には何も書いていないように見えた。
氏の弔辞は七分余、字数約千九百字に及ぶものだったと紹介されていた。
私が告別式当日、氏の弔辞開始時に時間を確認した際は十時三十八分、
相賀社長が紹介されたのが十時四十六分。確かに七分程かかったようだ。
家人はタモリ氏の弔辞を聞き、あまり良い印象を持たなかったようである。
弔辞で自身の思い出を延々と語るのは如何なものか、と疑問を呈していた。
タモリ氏は赤塚氏を「人生の師」であり「肉親以上の存在」と語っていた。
出会いの時からの思い出を話せば、それこそ七分では足りないだろう。
徳光氏はタモリ氏の弔辞を「彼が赤塚さんに捧げたギャグだったのだろう」
という具合に評していた。お前も芸人なら弔辞で人を笑わせてみろ、
との(赤塚氏なら言ったであろう)「師匠からの課題」にタモリ氏は、
「白紙を読む」というパフォーマンスで答えた、というべきか。
だが、私はあの弔辞を笑えなかった。たとえギャグのつもりだったとしても。
それにしても、あらためてタモリ氏の弔辞を聞いてみると、
私自身の記憶が曖昧だったことを思い知らされた。
私は告別式当日、氏の弔辞の要点をメモに記したのだが、
聞きもらしや聞き違いが少なからず存在していたのである。
例えば「弔辞で人を笑わせてみろ」を私は「葬儀で人を」と聞き違えた。
また「軽井沢での正月」「京都の大文字焼」等は書き漏らしていた。
そしてタモリ氏が手にした原稿は、本当に何も書かれていなかったのか。
二千字近い文字をほぼ淀みなくそらんじることが可能なのか。
氏は記憶力が旺盛で、日ごろ鍛えた司会の実力と相まって、
あの弔辞をそらんじた、と考えても不自然ではない。
両氏の間には思い出が多すぎて、いざ文章に書きだそうとしても
まとまらなかったのかもしれない。それならぶっつけ本番で
思いついたことを読み上げよう、と開き直ったのかもしれない。
徳さんが「歴史に残る名文になろう」と絶賛した弔辞が実は、
全てアドリブだった、とは何となく愉快な話ではないか。
いや、タモリ氏の中ではあの弔辞は決してアドリブではなく、
過去の思い出を周到に組み立てた台詞だったのかもしれない。
ちなみに今日のTHE・サンデーはメインが谷亮子関連報道だった。
タモリ氏の弔辞ネタは大体十数分の扱いだったと思う。
その中ではスタジオぴえろ版「おそ松くん」の映像が流れた。
(同作は1988年2月から1989年12月までフジ系で放映された)
そして弔辞ネタが終わった後は、徳さんの表情もガラリと変わり
彼が石原さとみと対談した際の映像が紹介された。
徳さんが石原にベタ惚れだったとは知らなんだ。
石原は、つかこうへいの舞台「幕末太陽伝」に出演し新境地を開いた模様。
徳さんは彼女を「艶っぽくなった」「映画でも舞台でも輝く女優」とヨイショ。
彼女は意外にもラブストーリーを演じておらず「挑戦したい」と意欲を見せた。
しかし巨人についての知識は殆どなさそうで、徳さんは半ば呆れていた。
今の徳さんの中では「石原さとみ>赤塚不二夫」なのだろうな。別にいいけど。
その内容もさることながら、氏が手にした原稿は白紙だったのではないか、
と噂されているそうな。もっとも氏からは現時点で何ら言及はない。
今朝のTHE・サンデーにもタモリ氏の弔辞の場面が紹介されていたが、
その映像を見る限り、氏の持つ原稿には何も書いていないように見えた。
氏の弔辞は七分余、字数約千九百字に及ぶものだったと紹介されていた。
私が告別式当日、氏の弔辞開始時に時間を確認した際は十時三十八分、
相賀社長が紹介されたのが十時四十六分。確かに七分程かかったようだ。
家人はタモリ氏の弔辞を聞き、あまり良い印象を持たなかったようである。
弔辞で自身の思い出を延々と語るのは如何なものか、と疑問を呈していた。
タモリ氏は赤塚氏を「人生の師」であり「肉親以上の存在」と語っていた。
出会いの時からの思い出を話せば、それこそ七分では足りないだろう。
徳光氏はタモリ氏の弔辞を「彼が赤塚さんに捧げたギャグだったのだろう」
という具合に評していた。お前も芸人なら弔辞で人を笑わせてみろ、
との(赤塚氏なら言ったであろう)「師匠からの課題」にタモリ氏は、
「白紙を読む」というパフォーマンスで答えた、というべきか。
だが、私はあの弔辞を笑えなかった。たとえギャグのつもりだったとしても。
それにしても、あらためてタモリ氏の弔辞を聞いてみると、
私自身の記憶が曖昧だったことを思い知らされた。
私は告別式当日、氏の弔辞の要点をメモに記したのだが、
聞きもらしや聞き違いが少なからず存在していたのである。
例えば「弔辞で人を笑わせてみろ」を私は「葬儀で人を」と聞き違えた。
また「軽井沢での正月」「京都の大文字焼」等は書き漏らしていた。
そしてタモリ氏が手にした原稿は、本当に何も書かれていなかったのか。
二千字近い文字をほぼ淀みなくそらんじることが可能なのか。
氏は記憶力が旺盛で、日ごろ鍛えた司会の実力と相まって、
あの弔辞をそらんじた、と考えても不自然ではない。
両氏の間には思い出が多すぎて、いざ文章に書きだそうとしても
まとまらなかったのかもしれない。それならぶっつけ本番で
思いついたことを読み上げよう、と開き直ったのかもしれない。
徳さんが「歴史に残る名文になろう」と絶賛した弔辞が実は、
全てアドリブだった、とは何となく愉快な話ではないか。
いや、タモリ氏の中ではあの弔辞は決してアドリブではなく、
過去の思い出を周到に組み立てた台詞だったのかもしれない。
ちなみに今日のTHE・サンデーはメインが谷亮子関連報道だった。
タモリ氏の弔辞ネタは大体十数分の扱いだったと思う。
その中ではスタジオぴえろ版「おそ松くん」の映像が流れた。
(同作は1988年2月から1989年12月までフジ系で放映された)
そして弔辞ネタが終わった後は、徳さんの表情もガラリと変わり
彼が石原さとみと対談した際の映像が紹介された。
徳さんが石原にベタ惚れだったとは知らなんだ。
石原は、つかこうへいの舞台「幕末太陽伝」に出演し新境地を開いた模様。
徳さんは彼女を「艶っぽくなった」「映画でも舞台でも輝く女優」とヨイショ。
彼女は意外にもラブストーリーを演じておらず「挑戦したい」と意欲を見せた。
しかし巨人についての知識は殆どなさそうで、徳さんは半ば呆れていた。
今の徳さんの中では「石原さとみ>赤塚不二夫」なのだろうな。別にいいけど。
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- 2008-08-10
- 報道・ドキュメント
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宝仙寺の夏
七日午前、都内中野区の宝仙寺にて故・赤塚不二夫氏の告別式が営まれた。
私も一介のファンとして、告別式に参列させていただいた。
仕事も一段落し、有休が認められたのは幸いだった。
私は宝仙寺に行くのは初めてだった。中野坂上駅から地上に出ると、
既に告別式会場への案内が掲示してあったので迷わずに行けた。
境内は一般参列者受付とファンのための受付とに分かれていた。
ファン用の受付、焼香会場には赤塚アニメの主題歌が流れていた。
「おそ松くん」「天才バカボン」「ひみつのアッコちゃん」などである。
空は晴れ上がり、雲が時折日差しを遮ったが暑さは変わらない。
そんな中を多くの弔問客が訪れた。有名人も少なくなかった。
私が直に見たのは研ナオコ、小松政夫、山本晋也の各氏である。
また弔辞を終えたタモリが足早に会場を出る姿も少し見えた。
告別式は予定どおり十時半開始。浄土真宗の僧侶が数分間読経した後、
十時四十分ごろから弔辞が始まった。一番手はタモリこと森田一義氏。
彼の弔辞は各メディアで紹介されているが、本当に赤塚氏への畏敬の念と、
愛情そして友情に満ちた名文で、参列者の心に刻まれたことと思う。
(タモリ氏による弔辞の要旨は追記参照)
タモリ氏は八分程度の弔辞を終えると、直ちに会場を出られた。
これからアルタに直行し「笑っていいとも」に備えるのだろう。
タモリ氏に続き小学館の相賀社長が弔辞を披露。同社長の弔辞は
赤塚氏の漫画家としての軌跡を振り返る内容であった。
相賀社長の後に弔辞を披露したのは、かつてのフジオ・プロの同志、
北見けんいち、古谷三敏、高井研一郎の各氏であった。
まずは北見氏が「若輩の北見から」と先頭を切った。彼は赤塚氏の新居で
銀玉鉄砲で遊んだこと、仕事中に眠くなると画用紙を丸めて叩きあったこと、
赤塚氏がいつも無邪気だったことを語り、周囲を和ませた。
古谷氏は冒頭、赤塚先生がいたから自分は漫画家になれた、と語った。
赤塚氏がいつか回復したら物故者のことを聞いただろうな、とも語った。
そして病気が治ったら一緒に飲みたかった、と最後は涙声で訴えた。
高井氏は、いずれ自分もそちらに行くけど、仕事は手伝いたくない、
酒を飲む手伝いなら喜んで引き受ける、と語って笑いを誘った。
そして三氏が「赤塚先生さようなら(ありがとう、だったかもしれない)」と
声をそろえると、突然赤塚氏の「これでいいのだ」という声が響いた。
この演出は三氏が当初から考えていたのだろうか。
弔辞のトリは、今回の葬儀委員長でもある藤子不二雄A氏であった。
彼は式場に響く声で「赤塚氏」と呼びかけ、トキワ荘時代の思い出などを語った。
赤塚氏は本格デビュー前、炊事場で石ノ森章太郎氏の食事を作っていたが、
それを見た他の住人が「石森氏の妻みたい」と笑ったことがあったらしい。
そのことで気を悪くしたかもしれないな、と藤子氏は霊前に語りかけた。
そして彼もまた、いずれそちらに行くから、と呼びかけたのである。
しかし続いて、それまではりえ子ちゃんを支えて行くから、と語り、
遺族やフジオ・プロを支え、赤塚作品を後世に伝えると約束した。
最後は「キャベツ炒めとチューダーで送るよ」と締めくくられた。
その後弔電が数通披露された。弔電は講談社社長や与謝野馨特命相、
浜松市長、新潟市長、テレ朝社長など三百通以上寄せられたらしい。
浜松市は昨年から、ウナギイヌを市のマスコットキャラとして採用したそうな。
十一時十分ごろから読経が再開され、ファン以外の参列者の焼香に移った。
焼香が終わり、親族らが故人と最後の別れを惜しむ時点で正午近かった。
予定では告別式は正午終了となっていたが、延びるのは止むを得まい。
藤子氏とりえ子氏が参列者に挨拶。藤子氏は、赤塚作品をこれからも
愛してほしいと呼びかけ、りえ子氏は涙ながらに亡父の作品を守ると誓った。
真夏の日差しの中、故人の棺は「天才バカボン」の主題歌で送り出された。
終了は恐らく十二時半ごろだったと思う。私は中野坂上駅へと急いだ。
大江戸線ホームに響く村山明の声も、私にはうつろに聞こえるだけだった。
私も一介のファンとして、告別式に参列させていただいた。
仕事も一段落し、有休が認められたのは幸いだった。
私は宝仙寺に行くのは初めてだった。中野坂上駅から地上に出ると、
既に告別式会場への案内が掲示してあったので迷わずに行けた。
境内は一般参列者受付とファンのための受付とに分かれていた。
ファン用の受付、焼香会場には赤塚アニメの主題歌が流れていた。
「おそ松くん」「天才バカボン」「ひみつのアッコちゃん」などである。
空は晴れ上がり、雲が時折日差しを遮ったが暑さは変わらない。
そんな中を多くの弔問客が訪れた。有名人も少なくなかった。
私が直に見たのは研ナオコ、小松政夫、山本晋也の各氏である。
また弔辞を終えたタモリが足早に会場を出る姿も少し見えた。
告別式は予定どおり十時半開始。浄土真宗の僧侶が数分間読経した後、
十時四十分ごろから弔辞が始まった。一番手はタモリこと森田一義氏。
彼の弔辞は各メディアで紹介されているが、本当に赤塚氏への畏敬の念と、
愛情そして友情に満ちた名文で、参列者の心に刻まれたことと思う。
(タモリ氏による弔辞の要旨は追記参照)
タモリ氏は八分程度の弔辞を終えると、直ちに会場を出られた。
これからアルタに直行し「笑っていいとも」に備えるのだろう。
タモリ氏に続き小学館の相賀社長が弔辞を披露。同社長の弔辞は
赤塚氏の漫画家としての軌跡を振り返る内容であった。
相賀社長の後に弔辞を披露したのは、かつてのフジオ・プロの同志、
北見けんいち、古谷三敏、高井研一郎の各氏であった。
まずは北見氏が「若輩の北見から」と先頭を切った。彼は赤塚氏の新居で
銀玉鉄砲で遊んだこと、仕事中に眠くなると画用紙を丸めて叩きあったこと、
赤塚氏がいつも無邪気だったことを語り、周囲を和ませた。
古谷氏は冒頭、赤塚先生がいたから自分は漫画家になれた、と語った。
赤塚氏がいつか回復したら物故者のことを聞いただろうな、とも語った。
そして病気が治ったら一緒に飲みたかった、と最後は涙声で訴えた。
高井氏は、いずれ自分もそちらに行くけど、仕事は手伝いたくない、
酒を飲む手伝いなら喜んで引き受ける、と語って笑いを誘った。
そして三氏が「赤塚先生さようなら(ありがとう、だったかもしれない)」と
声をそろえると、突然赤塚氏の「これでいいのだ」という声が響いた。
この演出は三氏が当初から考えていたのだろうか。
弔辞のトリは、今回の葬儀委員長でもある藤子不二雄A氏であった。
彼は式場に響く声で「赤塚氏」と呼びかけ、トキワ荘時代の思い出などを語った。
赤塚氏は本格デビュー前、炊事場で石ノ森章太郎氏の食事を作っていたが、
それを見た他の住人が「石森氏の妻みたい」と笑ったことがあったらしい。
そのことで気を悪くしたかもしれないな、と藤子氏は霊前に語りかけた。
そして彼もまた、いずれそちらに行くから、と呼びかけたのである。
しかし続いて、それまではりえ子ちゃんを支えて行くから、と語り、
遺族やフジオ・プロを支え、赤塚作品を後世に伝えると約束した。
最後は「キャベツ炒めとチューダーで送るよ」と締めくくられた。
その後弔電が数通披露された。弔電は講談社社長や与謝野馨特命相、
浜松市長、新潟市長、テレ朝社長など三百通以上寄せられたらしい。
浜松市は昨年から、ウナギイヌを市のマスコットキャラとして採用したそうな。
十一時十分ごろから読経が再開され、ファン以外の参列者の焼香に移った。
焼香が終わり、親族らが故人と最後の別れを惜しむ時点で正午近かった。
予定では告別式は正午終了となっていたが、延びるのは止むを得まい。
藤子氏とりえ子氏が参列者に挨拶。藤子氏は、赤塚作品をこれからも
愛してほしいと呼びかけ、りえ子氏は涙ながらに亡父の作品を守ると誓った。
真夏の日差しの中、故人の棺は「天才バカボン」の主題歌で送り出された。
終了は恐らく十二時半ごろだったと思う。私は中野坂上駅へと急いだ。
大江戸線ホームに響く村山明の声も、私にはうつろに聞こえるだけだった。
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- 2008-08-07
- 漫画/アニメ/特撮
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さらばギャグ王
病気療養中だった漫画家、赤塚不二夫氏が昨日午後亡くなられた。享年72歳。
赤塚氏は2002年に脳内出血で倒れて以降、意識が戻らぬまま娑婆を去った。
赤塚氏は私にとって、手塚治虫氏と並ぶ「尊敬すべき漫画家」であった。
私は、手塚御大の作品には「物心付く前」から接していたのだろうが、
赤塚御大の作品には間違いなく「物心付いてから」接したのである。
私の一家は、私が四歳から五歳のころまで父親の恩師の近所に住んでいた。
私は時々、その恩師の家に遊びに行った。今から考えると大らかな時代だった。
父親の恩師には息子さんがいた。もちろん私よりずっと年上であった。
その息子さんが私に見せてくれたのが「おそ松くん」の単行本だった。
それが私の「おそ松初体験」そして「赤塚初体験」だったのである。
当時の「おそ松」の単行本は、曙出版から刊行されたものだったようだ。
曙出版は、若き日の赤塚御大が原稿を持ち込んだ小規模出版社で、
社長は新潟県佐渡出身。満州生まれで新潟で一時期を過ごした御大に
親近感を持ったようで、御大のデビュー作「嵐をこえて」を刊行している。
「おそ松」は1966年にアニメ化され、毎日放送・NET系列で放映されている。
もしかしたら「物心つかない」私もそれを見ていたのかもしれないが、
何しろ当時の記憶がない。だから父の恩師の息子さんから見せてもらった
「おそ松」の単行本こそが紛れもない私の「初体験」なのである。
ちなみに私は「物心つく前」に「鉄腕アトム」のアニメを親と見ていたらしい。
まだ保育園児だった私にとって「おそ松」は衝撃的であった。
私の中ではその後暫くの間、漫画といえば「おそ松」だった。
小学生の頃は自分で「おそ松」のオリジナルストーリーを想起し、
貧弱な想像力で自分の頭の中にストーリーを再生していた。
オリジナルといっても実に他愛ないもので、要はおそ松たち六つ子と
他の漫画・アニメの主人公が絡んで騒ぐ、という程度のものだった。
私に絵心があれば、それらのオリジナルストーリーを絵に書き起こし、
今で言う同人誌みたいなものを作ることが出来たかもしれない。
私は小学校低学年のころ、親から「いなかっぺ大将」の単行本を買ってもらい、
また親戚からは「サイボーグ009」の単行本を譲ってもらったりしたが、
「おそ松」の単行本はなぜか入手できなかった。
そのことが余計に「おそ松」に対する渇望を呼び起こしたのかもしれない。
小学校四年生になったころ、近所に住む上級生が私を家に誘ってくれた。
上級生の部屋には曙出版の「おそ松」単行本が揃っていた。
私は上級生にお願いして、その単行本を読ませてもらった。
その時読んだのは、第八巻「チビ太なぜ泣くの」だったと思う。
それは、私が昔読んだのとは明らかに違うエピソードだった。
私がその時、上級生に頼んで他の巻も見せてもらえば良かったのだが、
そこまで大胆にはなれず、第八巻を読んで満足していた。
同じころ、私は同級生の家などで週刊少年マガジンを読ませてもらい、
そこに連載されていた「天才バカボン」を読む機会があった。
しかし当時の私にとって「バカボン」はアニメが全てだった。
マガジンに連載されていた「バカボン」は別物だと思っていた。
そのころの「おそ松」は週刊少年キングに連載されていたのだが、
私はキングを読む機会が殆どなかった。たまたま医者の待合室で
手に取ったキングには「ダヨーンのつぼ」の話が掲載されていた。
キングの「おそ松」は六つ子はあまり登場せず、専らイヤミが主役だった。
六つ子のいない「おそ松」はいわば、クリープを入れないコーヒーだった。
私は一応「バカボン」「レッツラ☆ゴン」などをリアルタイムで読んだ世代だが、
やはり私にとって赤塚不二夫といえば「おそ松」が印象深いのである。
もし保育園児のころ、父の恩師の家で「おそ松」の単行本に出会わなければ、
私の漫画初体験は、もっと遅い時期に出会った別の作品となっていただろう。
そして私は、赤塚不二夫という漫画家を知らずに終わったかもしれない。
赤塚御大について書き始めたら、とても一つのエントリーでは収まりそうにはない。
これから追々、赤塚御大についての個人的な思い出などを書くかもしれない。
御大の前妻、登茂子氏は御大逝去の三日前にこの世を去ったとのことである。
因縁めいた事は考えたくないが、御大は登茂子氏に「呼ばれた」のかもしれない。
向こうの世界には、一昨年逝去された眞知子氏もまだ在籍中かもしれない。
御大は向こうで前妻と後妻、そして手塚御大や藤子・F・不二雄氏などと
酒を酌み交わしつつ、夜を徹して語らい続けるのだろうか。
欲を言えば、御大には向こうへ行く前に、娑婆でもう一作描いてほしかった。
しかし長年漫画を描き続け、晩年は闘病生活に明けくれた御大のこと、
ここらでゆっくり休むのが良いのかもしれない。暫く酒も絶っていたであろうし。
向こうに行ったら、飽きるまで酒を飲みまくるのも御大らしいかもしれない。
最後に一言。「赤塚不二夫先生、さようなら、そしてありがとう」。
赤塚氏は2002年に脳内出血で倒れて以降、意識が戻らぬまま娑婆を去った。
赤塚氏は私にとって、手塚治虫氏と並ぶ「尊敬すべき漫画家」であった。
私は、手塚御大の作品には「物心付く前」から接していたのだろうが、
赤塚御大の作品には間違いなく「物心付いてから」接したのである。
私の一家は、私が四歳から五歳のころまで父親の恩師の近所に住んでいた。
私は時々、その恩師の家に遊びに行った。今から考えると大らかな時代だった。
父親の恩師には息子さんがいた。もちろん私よりずっと年上であった。
その息子さんが私に見せてくれたのが「おそ松くん」の単行本だった。
それが私の「おそ松初体験」そして「赤塚初体験」だったのである。
当時の「おそ松」の単行本は、曙出版から刊行されたものだったようだ。
曙出版は、若き日の赤塚御大が原稿を持ち込んだ小規模出版社で、
社長は新潟県佐渡出身。満州生まれで新潟で一時期を過ごした御大に
親近感を持ったようで、御大のデビュー作「嵐をこえて」を刊行している。
「おそ松」は1966年にアニメ化され、毎日放送・NET系列で放映されている。
もしかしたら「物心つかない」私もそれを見ていたのかもしれないが、
何しろ当時の記憶がない。だから父の恩師の息子さんから見せてもらった
「おそ松」の単行本こそが紛れもない私の「初体験」なのである。
ちなみに私は「物心つく前」に「鉄腕アトム」のアニメを親と見ていたらしい。
まだ保育園児だった私にとって「おそ松」は衝撃的であった。
私の中ではその後暫くの間、漫画といえば「おそ松」だった。
小学生の頃は自分で「おそ松」のオリジナルストーリーを想起し、
貧弱な想像力で自分の頭の中にストーリーを再生していた。
オリジナルといっても実に他愛ないもので、要はおそ松たち六つ子と
他の漫画・アニメの主人公が絡んで騒ぐ、という程度のものだった。
私に絵心があれば、それらのオリジナルストーリーを絵に書き起こし、
今で言う同人誌みたいなものを作ることが出来たかもしれない。
私は小学校低学年のころ、親から「いなかっぺ大将」の単行本を買ってもらい、
また親戚からは「サイボーグ009」の単行本を譲ってもらったりしたが、
「おそ松」の単行本はなぜか入手できなかった。
そのことが余計に「おそ松」に対する渇望を呼び起こしたのかもしれない。
小学校四年生になったころ、近所に住む上級生が私を家に誘ってくれた。
上級生の部屋には曙出版の「おそ松」単行本が揃っていた。
私は上級生にお願いして、その単行本を読ませてもらった。
その時読んだのは、第八巻「チビ太なぜ泣くの」だったと思う。
それは、私が昔読んだのとは明らかに違うエピソードだった。
私がその時、上級生に頼んで他の巻も見せてもらえば良かったのだが、
そこまで大胆にはなれず、第八巻を読んで満足していた。
同じころ、私は同級生の家などで週刊少年マガジンを読ませてもらい、
そこに連載されていた「天才バカボン」を読む機会があった。
しかし当時の私にとって「バカボン」はアニメが全てだった。
マガジンに連載されていた「バカボン」は別物だと思っていた。
そのころの「おそ松」は週刊少年キングに連載されていたのだが、
私はキングを読む機会が殆どなかった。たまたま医者の待合室で
手に取ったキングには「ダヨーンのつぼ」の話が掲載されていた。
キングの「おそ松」は六つ子はあまり登場せず、専らイヤミが主役だった。
六つ子のいない「おそ松」はいわば、クリープを入れないコーヒーだった。
私は一応「バカボン」「レッツラ☆ゴン」などをリアルタイムで読んだ世代だが、
やはり私にとって赤塚不二夫といえば「おそ松」が印象深いのである。
もし保育園児のころ、父の恩師の家で「おそ松」の単行本に出会わなければ、
私の漫画初体験は、もっと遅い時期に出会った別の作品となっていただろう。
そして私は、赤塚不二夫という漫画家を知らずに終わったかもしれない。
赤塚御大について書き始めたら、とても一つのエントリーでは収まりそうにはない。
これから追々、赤塚御大についての個人的な思い出などを書くかもしれない。
御大の前妻、登茂子氏は御大逝去の三日前にこの世を去ったとのことである。
因縁めいた事は考えたくないが、御大は登茂子氏に「呼ばれた」のかもしれない。
向こうの世界には、一昨年逝去された眞知子氏もまだ在籍中かもしれない。
御大は向こうで前妻と後妻、そして手塚御大や藤子・F・不二雄氏などと
酒を酌み交わしつつ、夜を徹して語らい続けるのだろうか。
欲を言えば、御大には向こうへ行く前に、娑婆でもう一作描いてほしかった。
しかし長年漫画を描き続け、晩年は闘病生活に明けくれた御大のこと、
ここらでゆっくり休むのが良いのかもしれない。暫く酒も絶っていたであろうし。
向こうに行ったら、飽きるまで酒を飲みまくるのも御大らしいかもしれない。
最後に一言。「赤塚不二夫先生、さようなら、そしてありがとう」。
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- 2008-08-03
- 漫画/アニメ/特撮
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ある意味原点回帰
今夜のNHK総合「鶴瓶の家族に乾杯」は七時半開始の特別版。
しかも行く先はベトナムの海辺の町。いよいよ海外進出か。
「家族に乾杯」は元々、月一回程度の特番として始まったはず。
開始当初からしばらくは七時半始まりの約一時間十五分構成で、
「旅人」は師匠とさだまさし氏の二人だった。
週一回、毎週月曜放映となってから八時開始の四十五分枠となり、
旅の様子は二週構成で放映される形になった、と私は解している。
今回久しぶりに七時半開始となったのは、海外が舞台の特番だから、
ということであろうが、ある意味「初期の形に戻った」とも言える。
そして私は、七時半開始という事実にこんなことを連想してしまう。
「クローズアップ現代」の国谷キャスターが夏休みに入ったのか、と。
(実際のところは知らないが。私は同番組を殆ど見ないので)
今回師匠と共にベトナムを訪れた「旅人」は大相撲の芝田山親方。
親方は来訪した家や近所の子どもたちに相撲を教えたり、
子どもに混じって「スリッパ投げ」という遊びに挑戦したりしていた。
スリッパ投げは、その名のごとく路上でスリッパを投げるという遊び。
遠方の路上に置かれたメンコに向かってスリッパを手で飛ばし、
そのメンコを路上に書いた枠から押し出せば勝ち、という遊びである。
親方もスリッパ投げに挑戦したが、思ったほど飛ばなかった。
投げるスリッパは子どもが自分の家から持ってくるのだろうか。
親方はまた、後半に訪れた家でフルーツを食べたいと所望して、
その家族が収穫したばかりのマンゴーの実を持ってきた。
親方はさっそく食べてみたが、まだ実が熟していなかったのか
微妙な表情を見せ、家族や近所の子どもたちに笑われていた。
余談だが、マンゴーの実を食べるとかぶれる人がいるらしい。
鶴瓶師匠はある家で家族と懇談していたが、家の中から大声が聞こえ、
師匠は思わず「静かにせえ」とブチ切れ。やがて大声の主が現れたが
火の付いたタバコを持ち歩くので師匠は思わず「火を消さんか」と一喝。
その後師匠は大声の主と、通訳を介して言葉を交わしたのだが、
相手が三十歳で独身と知り、師匠は彼女を作るためのアドバイスを伝授。
アドバイスといっても「火のついたタバコを持ち歩かない」ということと、
「大声で電話をかけない」そして「貧乏ゆすりは禁止」の三点。
さらに師匠は相手に「ごめんなちゃい、と言いなさい」と強要。
それを何度も繰り返していた。あんたは野上良太郎かよ。
そうかと思えば師匠は、中学校に通いながら宝くじ売りなどを続ける
少女の身の上を知り、スタジオで思わず涙ぐむ場面もあった。
十五歳のその少女は父を亡くし、母を助け弟妹の面倒を見るため、
学校では禁止されているアルバイトに従事しているのだという。
師匠は後半訪れた村で、漁師たちが一斉に海に出る場面に立ち会う。
漁師たちの船は日本で言う「たらい舟」に相当するものであった。
彼らは櫓で船をこぐので筋肉隆々。胸は割れており師匠も驚嘆。
手こぎ舟なら日本と違い、燃料の高騰に一喜一憂することもなかろう。
ところで今夜の「家族に乾杯」はテロップのフォントが従前と異なっていた。
ポップ体、ゴシック体ともサイズが大きくなり、字体も変更された。
以前のゴナ体及び、平成初期型のポップ体は結構好きだったのだが。
変わらないのは師匠と小野アナ、さだ氏の歌声、
そして久米明氏のナレーション、であろう。
久米爺さんは相変わらず達者だのう。
しかも行く先はベトナムの海辺の町。いよいよ海外進出か。
「家族に乾杯」は元々、月一回程度の特番として始まったはず。
開始当初からしばらくは七時半始まりの約一時間十五分構成で、
「旅人」は師匠とさだまさし氏の二人だった。
週一回、毎週月曜放映となってから八時開始の四十五分枠となり、
旅の様子は二週構成で放映される形になった、と私は解している。
今回久しぶりに七時半開始となったのは、海外が舞台の特番だから、
ということであろうが、ある意味「初期の形に戻った」とも言える。
そして私は、七時半開始という事実にこんなことを連想してしまう。
「クローズアップ現代」の国谷キャスターが夏休みに入ったのか、と。
(実際のところは知らないが。私は同番組を殆ど見ないので)
今回師匠と共にベトナムを訪れた「旅人」は大相撲の芝田山親方。
親方は来訪した家や近所の子どもたちに相撲を教えたり、
子どもに混じって「スリッパ投げ」という遊びに挑戦したりしていた。
スリッパ投げは、その名のごとく路上でスリッパを投げるという遊び。
遠方の路上に置かれたメンコに向かってスリッパを手で飛ばし、
そのメンコを路上に書いた枠から押し出せば勝ち、という遊びである。
親方もスリッパ投げに挑戦したが、思ったほど飛ばなかった。
投げるスリッパは子どもが自分の家から持ってくるのだろうか。
親方はまた、後半に訪れた家でフルーツを食べたいと所望して、
その家族が収穫したばかりのマンゴーの実を持ってきた。
親方はさっそく食べてみたが、まだ実が熟していなかったのか
微妙な表情を見せ、家族や近所の子どもたちに笑われていた。
余談だが、マンゴーの実を食べるとかぶれる人がいるらしい。
鶴瓶師匠はある家で家族と懇談していたが、家の中から大声が聞こえ、
師匠は思わず「静かにせえ」とブチ切れ。やがて大声の主が現れたが
火の付いたタバコを持ち歩くので師匠は思わず「火を消さんか」と一喝。
その後師匠は大声の主と、通訳を介して言葉を交わしたのだが、
相手が三十歳で独身と知り、師匠は彼女を作るためのアドバイスを伝授。
アドバイスといっても「火のついたタバコを持ち歩かない」ということと、
「大声で電話をかけない」そして「貧乏ゆすりは禁止」の三点。
さらに師匠は相手に「ごめんなちゃい、と言いなさい」と強要。
それを何度も繰り返していた。あんたは野上良太郎かよ。
そうかと思えば師匠は、中学校に通いながら宝くじ売りなどを続ける
少女の身の上を知り、スタジオで思わず涙ぐむ場面もあった。
十五歳のその少女は父を亡くし、母を助け弟妹の面倒を見るため、
学校では禁止されているアルバイトに従事しているのだという。
師匠は後半訪れた村で、漁師たちが一斉に海に出る場面に立ち会う。
漁師たちの船は日本で言う「たらい舟」に相当するものであった。
彼らは櫓で船をこぐので筋肉隆々。胸は割れており師匠も驚嘆。
手こぎ舟なら日本と違い、燃料の高騰に一喜一憂することもなかろう。
ところで今夜の「家族に乾杯」はテロップのフォントが従前と異なっていた。
ポップ体、ゴシック体ともサイズが大きくなり、字体も変更された。
以前のゴナ体及び、平成初期型のポップ体は結構好きだったのだが。
変わらないのは師匠と小野アナ、さだ氏の歌声、
そして久米明氏のナレーション、であろう。
久米爺さんは相変わらず達者だのう。
- ▲
- 2008-07-28
- CM・バラエティ
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どこかで聞いた声
今日の午前中、家人が聴いているNHKラジオの音声を立ち聞き。
丁度気象情報の時間だったが、司会の鎌田アナに受け答えしている
女性気象キャスターの声に何となく聞き覚えがあった。
これはかつて朝のニュースに出ていた折坂予報士か、と思ったら、
気象情報終了時に鎌田アナが「気象情報、アンザイヒロコさんでした」。
アンザイヒロコ?元アイドルの安西ひろこか。んなわけないか。
十一時のラジオニュースは女性アナの声。これも聞き覚えがあると
思っていたら、ニュース終了時に「シュドウがお伝えしました」。
首藤アナは日曜は「おは日」終了後にラジオ担当になるのか。
昼過ぎは何となくテレビをつけたら「新婚さんいらっしゃい」の終了間際。
今回の「新婚さん」は総集編だったのか、ペアマッチがなかったようだ。
しかも時々、女性の声でナレーションまで入っていた。
普通はナレーションなどなかったが。ナレーションは山瀬の声ではなかった。
「新婚さん」終了後はそのまま「アタック25」を見る。
この番組も気が向いた時しか見ない。
かなり昔の話だが、私の遠い知人がこの番組に出演して
見事に勝ちぬけ、しかも海外旅行も獲得したと聞いた。
ちなみに今回勝ちぬけたのは大阪の藤枝可也子という女性。
児玉氏によれば「三問答えての逆転勝利は番組初」だとか。
その藤枝嬢は海外旅行への挑戦で破れてしまった。
私は問題を見て「森鴎外」と即座に分かったのだが。
「アタック25」の出題担当は沢木美佳子という女性だが、
この人の声はテレビ以外の場所で聞いた覚えがある。
いや、厳密には沢木氏の声ではないのかもしれないが、
声の質や喋り方の癖などが、沢木氏のそれに似ているのである。
私が主に利用している金融機関では、コンビニ金融端末利用時の手数料が
無料なのである。実際にはコンビニ端末利用時に一旦手数料が引かれるが、
後日その手数料が自分の口座に戻されるという「一時立て替え」である。
つまり手数料は金融機関持ち、ということだが、これもいつまで続くやら。
で、件の金融機関のATMコーナーでは、その手数料返金の告知が
エンドレスで流れているのである。そのエンドレスの告知の声が
沢木氏の声に酷似しているというのが、私の印象である。
その告知放送は、思いっきり鼻濁音を利かせており若干耳障りに感じる。
ご利用手数料は、一旦口座から引き落とされますンガ、という風に。
ついでにもう一つ書いちゃおうか。私がよく利用するスーパーでは、
店内にショッピングカートの利用マナーや駐車場利用マナーの
告知放送が流れるのだが、それが若干気に食わないのである。
気に食わない最大の理由は、声の主が豊嶋真千子似であること。
豊嶋某嬢は今夜放映される「ダーウィンが来た!」のナレーターでもあるが、
その声質や喋り癖が私の好みから思いっきり外れており、好きになれない。
※ちなみに今夜の放送では豊嶋は出ていなかった。
今夜の声の出演は松本、中條両アナと龍田直樹の三人。
そのマナー告知放送が豊嶋某嬢の吹き替えかどうかを確かめたわけではないが、
声質といい、喋り方の癖といい、豊嶋某嬢のそれに酷似しているのである。
そしてもう一つ気に食わないのが、障害者を蔑んでいるかのようなアナウンス。
その放送では、駐車場利用マナーの告知の中でこう訴えている。
「車いすマークのあるスペースは、障害をお持ちの方の・・・」、と。
障害者は、自分の意思で障害を「持っている」訳ではないだろうに。
せめて「障害がある方の」とアナウンスしてほしかったな。
その放送を聴いて以来、ますます豊嶋某嬢が嫌いになった私である。
丁度気象情報の時間だったが、司会の鎌田アナに受け答えしている
女性気象キャスターの声に何となく聞き覚えがあった。
これはかつて朝のニュースに出ていた折坂予報士か、と思ったら、
気象情報終了時に鎌田アナが「気象情報、アンザイヒロコさんでした」。
アンザイヒロコ?元アイドルの安西ひろこか。んなわけないか。
十一時のラジオニュースは女性アナの声。これも聞き覚えがあると
思っていたら、ニュース終了時に「シュドウがお伝えしました」。
首藤アナは日曜は「おは日」終了後にラジオ担当になるのか。
昼過ぎは何となくテレビをつけたら「新婚さんいらっしゃい」の終了間際。
今回の「新婚さん」は総集編だったのか、ペアマッチがなかったようだ。
しかも時々、女性の声でナレーションまで入っていた。
普通はナレーションなどなかったが。ナレーションは山瀬の声ではなかった。
「新婚さん」終了後はそのまま「アタック25」を見る。
この番組も気が向いた時しか見ない。
かなり昔の話だが、私の遠い知人がこの番組に出演して
見事に勝ちぬけ、しかも海外旅行も獲得したと聞いた。
ちなみに今回勝ちぬけたのは大阪の藤枝可也子という女性。
児玉氏によれば「三問答えての逆転勝利は番組初」だとか。
その藤枝嬢は海外旅行への挑戦で破れてしまった。
私は問題を見て「森鴎外」と即座に分かったのだが。
「アタック25」の出題担当は沢木美佳子という女性だが、
この人の声はテレビ以外の場所で聞いた覚えがある。
いや、厳密には沢木氏の声ではないのかもしれないが、
声の質や喋り方の癖などが、沢木氏のそれに似ているのである。
私が主に利用している金融機関では、コンビニ金融端末利用時の手数料が
無料なのである。実際にはコンビニ端末利用時に一旦手数料が引かれるが、
後日その手数料が自分の口座に戻されるという「一時立て替え」である。
つまり手数料は金融機関持ち、ということだが、これもいつまで続くやら。
で、件の金融機関のATMコーナーでは、その手数料返金の告知が
エンドレスで流れているのである。そのエンドレスの告知の声が
沢木氏の声に酷似しているというのが、私の印象である。
その告知放送は、思いっきり鼻濁音を利かせており若干耳障りに感じる。
ご利用手数料は、一旦口座から引き落とされますンガ、という風に。
ついでにもう一つ書いちゃおうか。私がよく利用するスーパーでは、
店内にショッピングカートの利用マナーや駐車場利用マナーの
告知放送が流れるのだが、それが若干気に食わないのである。
気に食わない最大の理由は、声の主が豊嶋真千子似であること。
豊嶋某嬢は今夜放映される「ダーウィンが来た!」のナレーターでもあるが、
その声質や喋り癖が私の好みから思いっきり外れており、好きになれない。
※ちなみに今夜の放送では豊嶋は出ていなかった。
今夜の声の出演は松本、中條両アナと龍田直樹の三人。
そのマナー告知放送が豊嶋某嬢の吹き替えかどうかを確かめたわけではないが、
声質といい、喋り方の癖といい、豊嶋某嬢のそれに酷似しているのである。
そしてもう一つ気に食わないのが、障害者を蔑んでいるかのようなアナウンス。
その放送では、駐車場利用マナーの告知の中でこう訴えている。
「車いすマークのあるスペースは、障害をお持ちの方の・・・」、と。
障害者は、自分の意思で障害を「持っている」訳ではないだろうに。
せめて「障害がある方の」とアナウンスしてほしかったな。
その放送を聴いて以来、ますます豊嶋某嬢が嫌いになった私である。
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- 2008-07-27
- ほんの戯れ言
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政治的配慮か
来春のNHK朝ドラのヒロインが多部未華子に決まったそうな。
私の中では、多部未華子といえば
「積水ハウスのテレビCMで毛利衛氏と語り合っている女の子」
というイメージしかない。
例によってWikiで調べてみると、多部は1989年1月25日生まれだという。
つまり1988年度生まれであり、新垣結衣や堀北真希と同学年ということだ。
多部は居並ぶライバルを尻目に、二十歳の節目を朝ドラヒロインで飾る。
しかしなぜ、多部が新垣や堀北といった強敵を抑えてヒロインに選ばれたのか。
Wikiなどによると、多部の芸歴は華々しいものがあり、
いつ朝ドラヒロインに選ばれても不思議ではない、という感じではある。
だが新垣や堀北もまた、人気と実力を兼ね備えた若手女優である。
むしろ何かと注目されるのは新垣であり、そして堀北である。
CMの世界においては、新垣は上戸彩に続く成長株として注目されている。
堀北はといえば、フジカラーCMの顔として、すっかりお馴染みである。
そこへ行くと、多部はいかにも目立たない感じなのである。
新垣や堀北のような華々しさに欠けるというか、地味な感じである。
彼女が積水ハウスのCMで環境保護を訴える姿はNHKには好ましく写ったのだろうが、
好きです!と叫ぶ新垣や、樹木希林に長瀬智也といったクセ者と共演する堀北のほうが、
インパクトは大きく、この二人が朝ドラヒロインを競り合う可能性が高かったであろう。
そこで私なりの推測だが、多部はある意味「政治的配慮」でヒロインに選ばれたのではないか。
新垣は人気絶大であるが故に、かえって「朝の顔に相応しくない」と判断されたのかもしれない。
そして堀北は、現在放映中の「篤姫」に和宮役での出演が決まっているので朝ドラは見送り、と。
いくら堀北が芸達者であろうと、立て続けに大河そして朝ドラに起用されたのでは
周囲から有らぬ噂やバッシングに晒され兼ねない、という危惧もあったのかもしれない。
あれこれ書かせてもらったが、最終的には「多部の清々しさ」が決め手となった、
ということにしようか。民放やCMに染まりきっていない、という点が評価されて。
また多部は過去にNHKのドラマ出演の経験があり、使い易いと判断されたのかもしれない。
どこかの教育委員会みたく、ある立場の人に口利きがあった、なんてことは無いよね。
私の中では、多部未華子といえば
「積水ハウスのテレビCMで毛利衛氏と語り合っている女の子」
というイメージしかない。
例によってWikiで調べてみると、多部は1989年1月25日生まれだという。
つまり1988年度生まれであり、新垣結衣や堀北真希と同学年ということだ。
多部は居並ぶライバルを尻目に、二十歳の節目を朝ドラヒロインで飾る。
しかしなぜ、多部が新垣や堀北といった強敵を抑えてヒロインに選ばれたのか。
Wikiなどによると、多部の芸歴は華々しいものがあり、
いつ朝ドラヒロインに選ばれても不思議ではない、という感じではある。
だが新垣や堀北もまた、人気と実力を兼ね備えた若手女優である。
むしろ何かと注目されるのは新垣であり、そして堀北である。
CMの世界においては、新垣は上戸彩に続く成長株として注目されている。
堀北はといえば、フジカラーCMの顔として、すっかりお馴染みである。
そこへ行くと、多部はいかにも目立たない感じなのである。
新垣や堀北のような華々しさに欠けるというか、地味な感じである。
彼女が積水ハウスのCMで環境保護を訴える姿はNHKには好ましく写ったのだろうが、
好きです!と叫ぶ新垣や、樹木希林に長瀬智也といったクセ者と共演する堀北のほうが、
インパクトは大きく、この二人が朝ドラヒロインを競り合う可能性が高かったであろう。
そこで私なりの推測だが、多部はある意味「政治的配慮」でヒロインに選ばれたのではないか。
新垣は人気絶大であるが故に、かえって「朝の顔に相応しくない」と判断されたのかもしれない。
そして堀北は、現在放映中の「篤姫」に和宮役での出演が決まっているので朝ドラは見送り、と。
いくら堀北が芸達者であろうと、立て続けに大河そして朝ドラに起用されたのでは
周囲から有らぬ噂やバッシングに晒され兼ねない、という危惧もあったのかもしれない。
あれこれ書かせてもらったが、最終的には「多部の清々しさ」が決め手となった、
ということにしようか。民放やCMに染まりきっていない、という点が評価されて。
また多部は過去にNHKのドラマ出演の経験があり、使い易いと判断されたのかもしれない。
どこかの教育委員会みたく、ある立場の人に口利きがあった、なんてことは無いよね。
- ▲
- 2008-07-25
- テレビ四方山話
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どこかで見たよな
NTTドコモは先月あたりから、携帯動画配信サービスのCMを流している。
CMに登場するのは、今や向かうところ敵なし?の爆笑問題。
そのCMは、画面に太田の顔面が次々に現れる、というものだが、
その表情は、動画コンテンツに合わせて微妙に変わっている。
喜劇を見ている時は破顔一笑、悲劇の時は沈痛な表情、という具合に。
そのCM映像に太田の声で説明が入る。いわく「アニメの時の顔」等々。
初期のバージョンでは田中が脇で、ふんふんと頷いていた。
そして太田のある表情が現れ、彼が「ではこれは?」と田中に問い掛けるが、
田中は予想通り?「わかんねぇよ!!」と投げやりに答えるのである。
その投げやりな芸風は何とかなんねぇのかよ田中裕二、というのはさておき。
私はこれと似たようなネタを漫画「ハイスクール!奇面組」で読んだ覚えがある。
「奇面組」には時々、新鱈墓栄(しんだらはかえい)という漫画家が登場する。
これが「奇面組」の作者、新沢基栄のパロキャラであることは一目瞭然だが、
作品中の新鱈は漫画「ハイスケール!御面組」の作者という設定である。
その新鱈が一応市内で漫画家のサイン会に出席し、そのサイン会会場に
奇面組の連中らが訪れ、新鱈に漫画の習作を読んでもらうことになった。
奇面組の同級生、千飼統作(せんがいとうさく=選外盗作)と宇留千絵が
習作をサイン会会場に持ち込み、新鱈の講評を受けることになった。
統作が持ち込んだのは「北東の県」という、ジャンプ人気漫画のパロディ。
主人公は「北斗の拳」のケンシロウと瓜二つで、明らかなパクリ。
新鱈はその習作に目を通した瞬間、劇画風の汚れが付いた顔になった。
「北東の県」はパクリということで酷評されたが、新鱈は統作に対し、
アシスタントにならないかと依頼(そして後に統作はアシとなった)。
新鱈は続いて、千絵の習作に目を通した。すると彼の表情は
少女マンガチックに変身。千絵からは「一々顔を変えるな」と
文句を付けられるが、新鱈は「クセなのよ」と取り合わない。
すると今まで目立たなかった一堂零が突然、傍らで漫画を読み始め、
目と唇を変形させたまま「私が読んでいる漫画を当てよ」と出題。
新鱈は零の目と唇の形から「オバQ」と即答する。
この場面なら、爆問の田中も「わかんねぇよ」とは言わなかっただろう。
ちなみに奇面組もこの時、五人の合作と称する習作を持ち込んでいた。
「世界一五人衆」と名付けられた習作に目を通した新鱈はズッコケて、
奇面組の連中に「お前らは漫画をなめてる!!」と一喝したのである。
しかしその後、新鱈は自作「ハイスケール御面組」に、統作らが持ち込んだ
習作からキャラをまるまる剽窃し、堂々と盗作していたのであった。
その掲載誌「週刊少年ジャンボ」を読んだ奇面組の連中らは怒り心頭、
千絵は「一番漫画をなめてるのは自分じゃない」と嘆息して終わり。
新沢氏はドコモのCMを見て、奇面組みたく「あのやろーっ!!」と叫んだだろうか。
CMに登場するのは、今や向かうところ敵なし?の爆笑問題。
そのCMは、画面に太田の顔面が次々に現れる、というものだが、
その表情は、動画コンテンツに合わせて微妙に変わっている。
喜劇を見ている時は破顔一笑、悲劇の時は沈痛な表情、という具合に。
そのCM映像に太田の声で説明が入る。いわく「アニメの時の顔」等々。
初期のバージョンでは田中が脇で、ふんふんと頷いていた。
そして太田のある表情が現れ、彼が「ではこれは?」と田中に問い掛けるが、
田中は予想通り?「わかんねぇよ!!」と投げやりに答えるのである。
その投げやりな芸風は何とかなんねぇのかよ田中裕二、というのはさておき。
私はこれと似たようなネタを漫画「ハイスクール!奇面組」で読んだ覚えがある。
「奇面組」には時々、新鱈墓栄(しんだらはかえい)という漫画家が登場する。
これが「奇面組」の作者、新沢基栄のパロキャラであることは一目瞭然だが、
作品中の新鱈は漫画「ハイスケール!御面組」の作者という設定である。
その新鱈が一応市内で漫画家のサイン会に出席し、そのサイン会会場に
奇面組の連中らが訪れ、新鱈に漫画の習作を読んでもらうことになった。
奇面組の同級生、千飼統作(せんがいとうさく=選外盗作)と宇留千絵が
習作をサイン会会場に持ち込み、新鱈の講評を受けることになった。
統作が持ち込んだのは「北東の県」という、ジャンプ人気漫画のパロディ。
主人公は「北斗の拳」のケンシロウと瓜二つで、明らかなパクリ。
新鱈はその習作に目を通した瞬間、劇画風の汚れが付いた顔になった。
「北東の県」はパクリということで酷評されたが、新鱈は統作に対し、
アシスタントにならないかと依頼(そして後に統作はアシとなった)。
新鱈は続いて、千絵の習作に目を通した。すると彼の表情は
少女マンガチックに変身。千絵からは「一々顔を変えるな」と
文句を付けられるが、新鱈は「クセなのよ」と取り合わない。
すると今まで目立たなかった一堂零が突然、傍らで漫画を読み始め、
目と唇を変形させたまま「私が読んでいる漫画を当てよ」と出題。
新鱈は零の目と唇の形から「オバQ」と即答する。
この場面なら、爆問の田中も「わかんねぇよ」とは言わなかっただろう。
ちなみに奇面組もこの時、五人の合作と称する習作を持ち込んでいた。
「世界一五人衆」と名付けられた習作に目を通した新鱈はズッコケて、
奇面組の連中に「お前らは漫画をなめてる!!」と一喝したのである。
しかしその後、新鱈は自作「ハイスケール御面組」に、統作らが持ち込んだ
習作からキャラをまるまる剽窃し、堂々と盗作していたのであった。
その掲載誌「週刊少年ジャンボ」を読んだ奇面組の連中らは怒り心頭、
千絵は「一番漫画をなめてるのは自分じゃない」と嘆息して終わり。
新沢氏はドコモのCMを見て、奇面組みたく「あのやろーっ!!」と叫んだだろうか。
- ▲
- 2008-07-23
- 漫画/アニメ/特撮
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父の詫び状
今日のNHKアーカアイブスは1986年放映のドラマ「父の詫び状」を取り上げた。
このドラマは向田邦子の原作を約一時間半の単発ドラマに仕立てたもので、
NHKの向田ドラマではお馴染みの杉浦直樹、吉村実子が夫婦を演じた。
私はドラマの前半部分は、掃除をしながら見たので落ち着いて見れなかった。
後半の、長男の友人が登場するあたりからは落ち着いて見ることが出来た。
86年の放映当時は見たかどうか定かでないが、見覚えのある場面もあった。
向田ドラマといえば、だいたい昭和十年代の前半から半ばの東京が舞台である。
「父の詫び状」は昭和十五(1940)年三月から翌春までの出来事を描いていた。
随所に戦前の風俗を織り込み、時代考証も行き届いていたとは思うが、
一つだけ気になったのは、冒頭の女学校での徒競争のシーン。
グラウンドの背後に、今風の鉄筋校舎が見えたのはいただけなかった。
※戦前にも鉄筋校舎がある学校は存在したようだが、
徒競争のシーンで映ったのは明らかに現代風の校舎だった。
今なら画像処理を施して、古い校舎に見せることも可能だろうか。
「父の詫び状」は、杉浦氏が演じる田向征一郎の長女、恭子から見た
田向(たむかい)家の日常と、家の内外で起こる出来事を綴っている。
恭子の独白がナレーションという形で随所に挟まれ、彩りを添えている。
ちなみに恭子を演じたのは長谷川真弓、ナレーションは岸本加世子。
岸本氏は「あ・うん」で主人公水田仙吉の娘役を演じていた。
「あ・うん」といえば、杉浦氏は仙吉の親友、門倉の役で出演していた。
仙吉を演じたのはフランキー堺で、妻たみを吉村氏が演じていた。
杉浦氏は舞台版「あ・うん」でも門倉を演じた(仙吉は愛川欽也)。
「あ・うん」は東宝で映画化されたが、こちらは仙吉を板東英二が演じ、
たみは富司純子、娘は富田靖子、そして門倉は高倉健だった。
話を戻す。戦前は家庭の中で「父親(世帯主)」は一種の特権階級だった。
父親は「家長」として世帯の全責任を負う代わりに、権力があった。
「父の詫び状」にも、その家長としての父親の姿が随所に登場する。
一家の食事は、家族全員が居間でちゃぶ台を囲んで一斉に食べるが、
父親が「いただきます」と声を出すまでは、誰も箸を付けてはならない。
それは家の外でも同じである。ハイキングの昼食も父の一声で始まった。
父親は子どもたちを事あるごとに叱った。鉄拳制裁も辞さなかった。
恭子が女学校の帰りに、町内の相撲大会を見学しているところを
父が見つけ、家に連れて帰るなり「男の裸を見るとは」と往復ビンタ。
止めに入った妻に対しても「躾がなっていない」と手を上げたのである。
子どもたちはそれでも父親を敬い、父親に対しては敬語を使っていた。
今時のガキみたく「うるせえクソ親父」「ざけんじゃねえよ」などと
子どもが親に対し乱暴な言葉を使うことなど、考えもつかない時代だった。
いや、当時も中には親に面と向かって反抗する子どももいたかもしれないが、
少なくとも向田ワールドの中では、そのような場面は有り得なかった。
妻もまた夫には従順であった。しかし時には意見をぶつける時もあった。
ある時、征一郎が社員と芸者を連れて家で飲み直した後には流石に
「子どもたちに示しが付かない」と、妻は征一郎に苦言を呈した。
征一郎はしかし「文句あるか」「やきもちを焼いているのか」と取り合わず、
妻を怒鳴り散らした挙句にそのまま寝てしまうという醜態を演じた。
それでも征一郎は家長であり、子どもたちに対しては甘い顔は見せなかった。
夏のある日、恭子たちが海水浴に出かけた際、恭子の妹が海水浴場で
ズローズを盗まれてしまい、ノーズロのままで帰宅したことがあった。
父親は「これからはズローズを履いたまま泳げ」と真顔で叱りつけたが、
母も子どもたちも吹き出した。父もわざわざ便所に行って一人笑ったのである。
ドラマには、便所の入り口までの廊下も重要な舞台として度々登場した。
恭子は夜中に便所(ナレーションでは御不浄と呼んでいた)に行くのが
気が進まなかったが、母が居間で夜遅くまで子どもたちの鉛筆を削っており、
その音と母の姿を障子戸越しに確かめると、安心して便所に行くのだった。
便所入り口の軒先には手水鉢が下がっていた。戦前のありふれた光景だ。
田向家には征一郎の母親も同居していたが、彼女は昭和十六年三月に他界する。
通夜には征一郎の会社の社長も訪れ、征一郎は終始恐縮していた。
恭子は、家族には一度も頭を下げたことのない父親が社長に平身低頭する姿を見て、
情けないと思いつつも、父がそうして家族を守ってきたことを理解する。
そして彼女は、今までの父の言動を全て許そうという気持ちになったのである。
征一郎は母の実家へ納骨に行き、その旅先から東京の家族に葉書を出す。
葉書の最後には、今まで働いてくれて御苦労だった、と労いの言葉があった。
恭子にはそれが、父から家族への詫び状のように思えたのであった。
父は戦後、六十四歳でこの世を去った、とナレーションは結んでいた。
父は死の直前まで、家族に甘い顔は見せなかったのだろうか。
少なくとも終戦直後までは、父は絶対的な存在であり、威厳を備えていた。
父の下着や靴下を他の家族とは別に洗う、ということもなかった。
もし今、征一郎や向田氏が生きていたら、今の世の中を見て嘆く事だろう。
ところでドラマ終了後、ゲストの吉村実子氏が
桜井アナと思い出話に花を咲かせていたが、
その思い出話が佳境にさしかかったときに
福島県沖での地震発生の速報が入り、
画面はニューススタジオに切り替わったのである。
横尾アナは津波注意報が宮城、福島両県に出されたことを伝え、
同時に中継画像を流し、そのまま正午のニュースに突入した。
吉村氏の思い出話は、後日あらためて放映してほしいものである。
「あ・うん」収録時に、彼女が夫の蒲団の縁を踏んでしまい、
それを見た向田氏が彼女に声をかける、という場面で打ち切られた。
このドラマは向田邦子の原作を約一時間半の単発ドラマに仕立てたもので、
NHKの向田ドラマではお馴染みの杉浦直樹、吉村実子が夫婦を演じた。
私はドラマの前半部分は、掃除をしながら見たので落ち着いて見れなかった。
後半の、長男の友人が登場するあたりからは落ち着いて見ることが出来た。
86年の放映当時は見たかどうか定かでないが、見覚えのある場面もあった。
向田ドラマといえば、だいたい昭和十年代の前半から半ばの東京が舞台である。
「父の詫び状」は昭和十五(1940)年三月から翌春までの出来事を描いていた。
随所に戦前の風俗を織り込み、時代考証も行き届いていたとは思うが、
一つだけ気になったのは、冒頭の女学校での徒競争のシーン。
グラウンドの背後に、今風の鉄筋校舎が見えたのはいただけなかった。
※戦前にも鉄筋校舎がある学校は存在したようだが、
徒競争のシーンで映ったのは明らかに現代風の校舎だった。
今なら画像処理を施して、古い校舎に見せることも可能だろうか。
「父の詫び状」は、杉浦氏が演じる田向征一郎の長女、恭子から見た
田向(たむかい)家の日常と、家の内外で起こる出来事を綴っている。
恭子の独白がナレーションという形で随所に挟まれ、彩りを添えている。
ちなみに恭子を演じたのは長谷川真弓、ナレーションは岸本加世子。
岸本氏は「あ・うん」で主人公水田仙吉の娘役を演じていた。
「あ・うん」といえば、杉浦氏は仙吉の親友、門倉の役で出演していた。
仙吉を演じたのはフランキー堺で、妻たみを吉村氏が演じていた。
杉浦氏は舞台版「あ・うん」でも門倉を演じた(仙吉は愛川欽也)。
「あ・うん」は東宝で映画化されたが、こちらは仙吉を板東英二が演じ、
たみは富司純子、娘は富田靖子、そして門倉は高倉健だった。
話を戻す。戦前は家庭の中で「父親(世帯主)」は一種の特権階級だった。
父親は「家長」として世帯の全責任を負う代わりに、権力があった。
「父の詫び状」にも、その家長としての父親の姿が随所に登場する。
一家の食事は、家族全員が居間でちゃぶ台を囲んで一斉に食べるが、
父親が「いただきます」と声を出すまでは、誰も箸を付けてはならない。
それは家の外でも同じである。ハイキングの昼食も父の一声で始まった。
父親は子どもたちを事あるごとに叱った。鉄拳制裁も辞さなかった。
恭子が女学校の帰りに、町内の相撲大会を見学しているところを
父が見つけ、家に連れて帰るなり「男の裸を見るとは」と往復ビンタ。
止めに入った妻に対しても「躾がなっていない」と手を上げたのである。
子どもたちはそれでも父親を敬い、父親に対しては敬語を使っていた。
今時のガキみたく「うるせえクソ親父」「ざけんじゃねえよ」などと
子どもが親に対し乱暴な言葉を使うことなど、考えもつかない時代だった。
いや、当時も中には親に面と向かって反抗する子どももいたかもしれないが、
少なくとも向田ワールドの中では、そのような場面は有り得なかった。
妻もまた夫には従順であった。しかし時には意見をぶつける時もあった。
ある時、征一郎が社員と芸者を連れて家で飲み直した後には流石に
「子どもたちに示しが付かない」と、妻は征一郎に苦言を呈した。
征一郎はしかし「文句あるか」「やきもちを焼いているのか」と取り合わず、
妻を怒鳴り散らした挙句にそのまま寝てしまうという醜態を演じた。
それでも征一郎は家長であり、子どもたちに対しては甘い顔は見せなかった。
夏のある日、恭子たちが海水浴に出かけた際、恭子の妹が海水浴場で
ズローズを盗まれてしまい、ノーズロのままで帰宅したことがあった。
父親は「これからはズローズを履いたまま泳げ」と真顔で叱りつけたが、
母も子どもたちも吹き出した。父もわざわざ便所に行って一人笑ったのである。
ドラマには、便所の入り口までの廊下も重要な舞台として度々登場した。
恭子は夜中に便所(ナレーションでは御不浄と呼んでいた)に行くのが
気が進まなかったが、母が居間で夜遅くまで子どもたちの鉛筆を削っており、
その音と母の姿を障子戸越しに確かめると、安心して便所に行くのだった。
便所入り口の軒先には手水鉢が下がっていた。戦前のありふれた光景だ。
田向家には征一郎の母親も同居していたが、彼女は昭和十六年三月に他界する。
通夜には征一郎の会社の社長も訪れ、征一郎は終始恐縮していた。
恭子は、家族には一度も頭を下げたことのない父親が社長に平身低頭する姿を見て、
情けないと思いつつも、父がそうして家族を守ってきたことを理解する。
そして彼女は、今までの父の言動を全て許そうという気持ちになったのである。
征一郎は母の実家へ納骨に行き、その旅先から東京の家族に葉書を出す。
葉書の最後には、今まで働いてくれて御苦労だった、と労いの言葉があった。
恭子にはそれが、父から家族への詫び状のように思えたのであった。
父は戦後、六十四歳でこの世を去った、とナレーションは結んでいた。
父は死の直前まで、家族に甘い顔は見せなかったのだろうか。
少なくとも終戦直後までは、父は絶対的な存在であり、威厳を備えていた。
父の下着や靴下を他の家族とは別に洗う、ということもなかった。
もし今、征一郎や向田氏が生きていたら、今の世の中を見て嘆く事だろう。
ところでドラマ終了後、ゲストの吉村実子氏が
桜井アナと思い出話に花を咲かせていたが、
その思い出話が佳境にさしかかったときに
福島県沖での地震発生の速報が入り、
画面はニューススタジオに切り替わったのである。
横尾アナは津波注意報が宮城、福島両県に出されたことを伝え、
同時に中継画像を流し、そのまま正午のニュースに突入した。
吉村氏の思い出話は、後日あらためて放映してほしいものである。
「あ・うん」収録時に、彼女が夫の蒲団の縁を踏んでしまい、
それを見た向田氏が彼女に声をかける、という場面で打ち切られた。
- ▲
- 2008-07-19
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SBモバイル騒動記
キャメロン・ディアスといえばソフトバンク携帯のCMでもお馴染みだが
その彼女がL.Aで今月10日、自動車運転中に携帯を操作した一瞬を
地元パパラッチに激写されてしまったそうな。
キャメロン・ディアスが交通違反!運転中に携帯で通話
米カリフォルニア州では今月一日から、運転中の携帯操作は
ハンズフリー用具を使うことが州法で義務付けられたという。
キャメロンの行為は明らかな州法違反だというが、
まだ彼女は警察から呼び出されていないらしい(16日の記事より)。
運転中に携帯操作、といえば十数年前の日産ローレルのCM。
モッくんが片手でハンドルを切りつつ片手に携帯、という映像が
しっかり流されたっけ。当時の携帯は今より大きめだったはず。
ちなみにキャメロンが運転中に使った携帯は「ブラックベリー」だそうだ。
何だ、iphoneじゃなかったのか、なんてね。
iphoneといえば、日本では先週11日からSBモバイルにて発売され、
三日間で百万台を売ったと話題になったばかりである。
今月13日のTHE・サンデーでもiphone発売を特集していた。
THE・サンデーによると、11日に先行発売が行われた表参道店には
その三、四日ほど前から購入希望者が徹夜で並んだそうである。
発売前日には徹夜の行列が千五百人ほどに達し、
列はおよそ七百メートルの長さに及んだという。
徹夜組の多くはアップルユーザーと思しき人たちで、
彼らはアップルのロゴが印刷されたTシャツを着て、
路上でおもむろにibookを開くという徹底ぶり。
中には頭にiphoneの被りものを乗せた男性もいた。
彼は「このくらいのコスプレをしないと」と意気込んでいた。
発売当日、めでたくiphoneを購入した徹夜組の中には、
ある企業から「社長命令で」派遣されていた一団があった。
彼らはiphoneを入手すると会社へ直行。その会社では
iphone専用のスタンドを開発していたのであった。
スタンドの試作品は出来上がっていたが、寸法が合うかどうか
現物をはめてみないと分からない、としてiphoneを入手。
試作スタンドにiphoneは入ったが、取り出す時に側面のボタンが
引っかかることが判明。とりあえず金型を手直しして対応するとか。
iphoneが話題となったことについて、木暮という評論家が解説した。
一つは、アップルが開発した携帯端末ということで注目された点。
もう一つは、日本製の端末に比べ斬新な形態であったという点。
確かに、折りたたみが主流の日本製端末と違い、
iphoneは「折りたたまない携帯」であり、しかもタッチパネル式。
ただし「折りたたまない携帯」ならauにインフォバーというのがある。
またソニーエリクソンからはスライド式の携帯も発売されている。
ちなみに、どちらも私の知人が所有している。
徹夜行列の映像を見て、私は自分の趣味と比較していた。
例えば鉄道部品販売などのイベントでは、購入希望者をいったん並ばせ、
整理券を渡したうえで行列を一時解散する、という手法が取られる。
今回のiphone販売でも、販売店側は希望者をわざわざ徹夜させなくとも、
先着順に事前に整理券を渡しておけば良かったのではないか、と思う。
もっとも徹夜組は「徹夜も一種のイベント」と楽しんでいるのかもしれないが。
ところで私はiphoneの発音は「アイフォン」だと思っていた。
(アイにアクセントを置く読み方)
しかしTHE・サンデーのナレーター(男性)は「アイフォーン」と、
殆ど平板アクセント気味に、しかも「フォーン」と伸ばしていた。
徹夜組を取材した女性レポーターは当初「アイフォン」と発音したが、
途中から「アイフォーン」に直していた。そういえばNHKおはよう日本でも、
礒野アナは「アイフォーン」と発音していた。こちらが正しいのか。
考えてみれば、ipodは「アイポッド」とは発音しないわな。
上戸彩は今後、SBモバイルCMにiphoneを持って登場するのだろうか。
その彼女がL.Aで今月10日、自動車運転中に携帯を操作した一瞬を
地元パパラッチに激写されてしまったそうな。
キャメロン・ディアスが交通違反!運転中に携帯で通話
米カリフォルニア州では今月一日から、運転中の携帯操作は
ハンズフリー用具を使うことが州法で義務付けられたという。
キャメロンの行為は明らかな州法違反だというが、
まだ彼女は警察から呼び出されていないらしい(16日の記事より)。
運転中に携帯操作、といえば十数年前の日産ローレルのCM。
モッくんが片手でハンドルを切りつつ片手に携帯、という映像が
しっかり流されたっけ。当時の携帯は今より大きめだったはず。
ちなみにキャメロンが運転中に使った携帯は「ブラックベリー」だそうだ。
何だ、iphoneじゃなかったのか、なんてね。
iphoneといえば、日本では先週11日からSBモバイルにて発売され、
三日間で百万台を売ったと話題になったばかりである。
今月13日のTHE・サンデーでもiphone発売を特集していた。
THE・サンデーによると、11日に先行発売が行われた表参道店には
その三、四日ほど前から購入希望者が徹夜で並んだそうである。
発売前日には徹夜の行列が千五百人ほどに達し、
列はおよそ七百メートルの長さに及んだという。
徹夜組の多くはアップルユーザーと思しき人たちで、
彼らはアップルのロゴが印刷されたTシャツを着て、
路上でおもむろにibookを開くという徹底ぶり。
中には頭にiphoneの被りものを乗せた男性もいた。
彼は「このくらいのコスプレをしないと」と意気込んでいた。
発売当日、めでたくiphoneを購入した徹夜組の中には、
ある企業から「社長命令で」派遣されていた一団があった。
彼らはiphoneを入手すると会社へ直行。その会社では
iphone専用のスタンドを開発していたのであった。
スタンドの試作品は出来上がっていたが、寸法が合うかどうか
現物をはめてみないと分からない、としてiphoneを入手。
試作スタンドにiphoneは入ったが、取り出す時に側面のボタンが
引っかかることが判明。とりあえず金型を手直しして対応するとか。
iphoneが話題となったことについて、木暮という評論家が解説した。
一つは、アップルが開発した携帯端末ということで注目された点。
もう一つは、日本製の端末に比べ斬新な形態であったという点。
確かに、折りたたみが主流の日本製端末と違い、
iphoneは「折りたたまない携帯」であり、しかもタッチパネル式。
ただし「折りたたまない携帯」ならauにインフォバーというのがある。
またソニーエリクソンからはスライド式の携帯も発売されている。
ちなみに、どちらも私の知人が所有している。
徹夜行列の映像を見て、私は自分の趣味と比較していた。
例えば鉄道部品販売などのイベントでは、購入希望者をいったん並ばせ、
整理券を渡したうえで行列を一時解散する、という手法が取られる。
今回のiphone販売でも、販売店側は希望者をわざわざ徹夜させなくとも、
先着順に事前に整理券を渡しておけば良かったのではないか、と思う。
もっとも徹夜組は「徹夜も一種のイベント」と楽しんでいるのかもしれないが。
ところで私はiphoneの発音は「アイフォン」だと思っていた。
(アイにアクセントを置く読み方)
しかしTHE・サンデーのナレーター(男性)は「アイフォーン」と、
殆ど平板アクセント気味に、しかも「フォーン」と伸ばしていた。
徹夜組を取材した女性レポーターは当初「アイフォン」と発音したが、
途中から「アイフォーン」に直していた。そういえばNHKおはよう日本でも、
礒野アナは「アイフォーン」と発音していた。こちらが正しいのか。
考えてみれば、ipodは「アイポッド」とは発音しないわな。
上戸彩は今後、SBモバイルCMにiphoneを持って登場するのだろうか。
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- 2008-07-16
- 事件と話題
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海神も辛いのよ
かつて日本のプロレス界を蹂躙した「海神」ハルク・ホーガンが
今や家庭崩壊に直面していると、彼の愛娘が告白したそうな。
ハルク・ホーガン家庭崩壊…長女が米テレビで胸中告白
ハルクの長女で歌手のブルック・ホーガンが語ったところによると、
両親(つまりハルク夫妻)は離婚寸前、長男ニック・ホーガンは
車を運転中に事故を起こし、同乗していた親友は重傷。
ニックは刑務所に入り、親友の両親からは慰謝料を請求されている。
ハルク夫妻の不仲の発端は、ハルクの不倫だったらしい。
ところが今は夫人がブルックの元彼と恋仲になってしまい、
かつてのオシドリ夫婦が今は見る影もないらしい。
ニックは父の跡を継いでプロレスラーを目指していたという。
ブルックは歌手として昨年日本デビューを果たしたとか。
そしてハルク自身もテレビのレギュラー番組を持っていたという。
日本でいえばアントニオ猪木一家みたいなものか。
猪木の娘はミュージカルで主演を務めたことがある。
また猪木自身は倍賞美津子との離婚を経験している。
ハルク・ホーガンは1980年代、日本でよく知られたレスラーだった。
プロレスに疎い私でさえ、アックスボンバーという言葉を覚えたり、
あの独特の髭と「イチバーン!!」のポーズをテレビなどで見たものだった。
高校の体育祭では、あるチームがハルクの「イチバン」をヒントに
「イチバンコール」を発案し、応援時に披露したものである。
当時はテレ朝のワールドプロレスリングが同級生の間で人気があった。
古舘伊知郎が「名勝負数え唄」などの迷台詞を連発したのもこの頃だ。
また当時、河口仁という漫画家が少年マガジン(月刊か週刊か失念)に
「ゴーゴーリングアウト」というプロレスパロディの漫画を連載していた。
その中の登場人物にコルク・ホーガンというレスラーがおり、
それがハルクをパロったことは一目瞭然であった。
なお河口仁はフジオ・プロ出身で、赤塚不二夫のアシスタント時代から
プロレス好きで有名だったという。プロレス観戦で渡米したこともあったらしい。
そしてハルク・ホーガンといえば「キン肉マン」を忘れてはなるまい。
キン肉マンのライバルの一人、ネプチューンマンは明らかに
ハルクを意識したキャラクターだった。長髪そして髭の独特な形といい、
「ナンバーワーン!!」という雄叫びといい、ハルクそのものだった。
ネプチューンマンは一時期キン肉マンを大いに苦しめるが、
後の王位継承戦ではキン肉マンの味方となる。
ハルクもまた猪木の良きライバルであり、茶の間の人気者だった。
ハルクは一時期、映画に出演したとの噂を雑誌で読んだことがある。
その後もアメリカでは芸能界などで活躍していたようだが、
人知れず家庭内でトラブルを抱えていたとは。超人も私事には弱いのか。
不屈の海神がトラブルを乗り越え、雄叫びをあげる日は来るのだろうか。
今や家庭崩壊に直面していると、彼の愛娘が告白したそうな。
ハルク・ホーガン家庭崩壊…長女が米テレビで胸中告白
ハルクの長女で歌手のブルック・ホーガンが語ったところによると、
両親(つまりハルク夫妻)は離婚寸前、長男ニック・ホーガンは
車を運転中に事故を起こし、同乗していた親友は重傷。
ニックは刑務所に入り、親友の両親からは慰謝料を請求されている。
ハルク夫妻の不仲の発端は、ハルクの不倫だったらしい。
ところが今は夫人がブルックの元彼と恋仲になってしまい、
かつてのオシドリ夫婦が今は見る影もないらしい。
ニックは父の跡を継いでプロレスラーを目指していたという。
ブルックは歌手として昨年日本デビューを果たしたとか。
そしてハルク自身もテレビのレギュラー番組を持っていたという。
日本でいえばアントニオ猪木一家みたいなものか。
猪木の娘はミュージカルで主演を務めたことがある。
また猪木自身は倍賞美津子との離婚を経験している。
ハルク・ホーガンは1980年代、日本でよく知られたレスラーだった。
プロレスに疎い私でさえ、アックスボンバーという言葉を覚えたり、
あの独特の髭と「イチバーン!!」のポーズをテレビなどで見たものだった。
高校の体育祭では、あるチームがハルクの「イチバン」をヒントに
「イチバンコール」を発案し、応援時に披露したものである。
当時はテレ朝のワールドプロレスリングが同級生の間で人気があった。
古舘伊知郎が「名勝負数え唄」などの迷台詞を連発したのもこの頃だ。
また当時、河口仁という漫画家が少年マガジン(月刊か週刊か失念)に
「ゴーゴーリングアウト」というプロレスパロディの漫画を連載していた。
その中の登場人物にコルク・ホーガンというレスラーがおり、
それがハルクをパロったことは一目瞭然であった。
なお河口仁はフジオ・プロ出身で、赤塚不二夫のアシスタント時代から
プロレス好きで有名だったという。プロレス観戦で渡米したこともあったらしい。
そしてハルク・ホーガンといえば「キン肉マン」を忘れてはなるまい。
キン肉マンのライバルの一人、ネプチューンマンは明らかに
ハルクを意識したキャラクターだった。長髪そして髭の独特な形といい、
「ナンバーワーン!!」という雄叫びといい、ハルクそのものだった。
ネプチューンマンは一時期キン肉マンを大いに苦しめるが、
後の王位継承戦ではキン肉マンの味方となる。
ハルクもまた猪木の良きライバルであり、茶の間の人気者だった。
ハルクは一時期、映画に出演したとの噂を雑誌で読んだことがある。
その後もアメリカでは芸能界などで活躍していたようだが、
人知れず家庭内でトラブルを抱えていたとは。超人も私事には弱いのか。
不屈の海神がトラブルを乗り越え、雄叫びをあげる日は来るのだろうか。
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- 2008-07-15
- 音楽・スポーツ
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アルコール飲料CMに挑戦しろ
深田恭子が出演するキリン氷結のCMが好評らしい。
浜辺で深田がビキニ姿を披露し、
青い珊瑚礁のメロディーに乗せて
氷結をゴクリ、というやつである。
恥ずかしながら私は当初、このCMを見た際に
深田の名前が思い浮かばなかった。
この女は誰だろうな、と疑問に思ったのだが。
私はむしろ、BGMのほうが気になった。
何で今さら青い珊瑚礁なのよ、と。
私は松田聖子は好きではない。
もっとも、このBGMが良いとも言われるらしい。
特に四十代の視聴者を直撃した、とも。
このCMのクリエイターは聖子ファンだろうか。
氷結といえば、ほんの数か月前までは、
バカ田來未がCMに出ていたっけな。
で、深田と倖田は同い年だったりする。
同い年といえば、大塚愛が最近ニッセイのCMで
愛がどうのこうのと歌っている。正直ウザイよね。
ニッセイは本社が大阪だし、大塚も大阪生まれだから
大阪つながりでCMに起用された面もあるかもしれない。
田口トモロヲが谷川俊太郎の詩を朗読するCMのがずっとマシだ。
さて私の記憶が正しければ、我らがCM女王・上戸彩チャンは
今までアルコール飲料のCMには未出演のはずである。
上戸は成人式をとっくに済ませているし、アルコールCM飲料に出ても
別段問題はないと思うが、出演に何か障害があるのだろうか。
まず考えられるのが、アルコール飲料CM出演による
イメージ低下を恐れての、CM出演拒否。
これは所属事務所の方針かもしれないし、
上戸個人が希望していることかもしれない。
事務所での上戸の先輩にあたる篠原涼子や米倉涼子も
アルコール飲料のCMには出ていなかったような気がする。
あるいは、上戸自身がアルコールが苦手という可能性。
飲めないアルコール飲料のCMなんかに誰が出るか、
という一種の開き直り。これもありそうな話だ。
だが、上戸が下戸であるという話は聞いたことがない。
もう一つは、アルコール飲料メーカーが上戸を敬遠している可能性。
いくら二十歳を過ぎても、上戸は幼いイメージが残っているから、
オトナ向けのアルコール飲料CMには向かない、という判断。
しかしこれらは、あくまで私の邪推にしか過ぎない。
実際には、上戸を起用したアルコール飲料CMが
水面下で計画されているかもしれないのである。
ビールの値上げや、健康志向の高まりなどで、
アルコール飲料には逆風が吹きつつある。
ここでメーカーが起死回生の一手として、
CM女王を起用することは有り得ないことではない。
上戸も「オトナへの脱皮」を目指しているならば、
アルコール飲料CMに挑戦するのも良かろう。
今のまま携帯や調味料、紳士服やアイスクリーム等のCMに
満足しているようでは、新たな境地は開けないぞ。
ビキニを着て浜辺に立て、なんてことは言わないからさ。
浜辺で深田がビキニ姿を披露し、
青い珊瑚礁のメロディーに乗せて
氷結をゴクリ、というやつである。
恥ずかしながら私は当初、このCMを見た際に
深田の名前が思い浮かばなかった。
この女は誰だろうな、と疑問に思ったのだが。
私はむしろ、BGMのほうが気になった。
何で今さら青い珊瑚礁なのよ、と。
私は松田聖子は好きではない。
もっとも、このBGMが良いとも言われるらしい。
特に四十代の視聴者を直撃した、とも。
このCMのクリエイターは聖子ファンだろうか。
氷結といえば、ほんの数か月前までは、
バカ田來未がCMに出ていたっけな。
で、深田と倖田は同い年だったりする。
同い年といえば、大塚愛が最近ニッセイのCMで
愛がどうのこうのと歌っている。正直ウザイよね。
ニッセイは本社が大阪だし、大塚も大阪生まれだから
大阪つながりでCMに起用された面もあるかもしれない。
田口トモロヲが谷川俊太郎の詩を朗読するCMのがずっとマシだ。
さて私の記憶が正しければ、我らがCM女王・上戸彩チャンは
今までアルコール飲料のCMには未出演のはずである。
上戸は成人式をとっくに済ませているし、アルコールCM飲料に出ても
別段問題はないと思うが、出演に何か障害があるのだろうか。
まず考えられるのが、アルコール飲料CM出演による
イメージ低下を恐れての、CM出演拒否。
これは所属事務所の方針かもしれないし、
上戸個人が希望していることかもしれない。
事務所での上戸の先輩にあたる篠原涼子や米倉涼子も
アルコール飲料のCMには出ていなかったような気がする。
あるいは、上戸自身がアルコールが苦手という可能性。
飲めないアルコール飲料のCMなんかに誰が出るか、
という一種の開き直り。これもありそうな話だ。
だが、上戸が下戸であるという話は聞いたことがない。
もう一つは、アルコール飲料メーカーが上戸を敬遠している可能性。
いくら二十歳を過ぎても、上戸は幼いイメージが残っているから、
オトナ向けのアルコール飲料CMには向かない、という判断。
しかしこれらは、あくまで私の邪推にしか過ぎない。
実際には、上戸を起用したアルコール飲料CMが
水面下で計画されているかもしれないのである。
ビールの値上げや、健康志向の高まりなどで、
アルコール飲料には逆風が吹きつつある。
ここでメーカーが起死回生の一手として、
CM女王を起用することは有り得ないことではない。
上戸も「オトナへの脱皮」を目指しているならば、
アルコール飲料CMに挑戦するのも良かろう。
今のまま携帯や調味料、紳士服やアイスクリーム等のCMに
満足しているようでは、新たな境地は開けないぞ。
ビキニを着て浜辺に立て、なんてことは言わないからさ。
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- 2008-07-09
- CM・バラエティ
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プロフィール
- Author:ソマツ
- ※管理人紹介
女性の足と履物が好きという、一寸風変わりな男です。ボロボロに使い込まれた若い女性の履物って素敵ですよね。
※管理人Q&A
Q1.管理人の「足(靴)フェチ」歴は
何年ぐらい?
A1.物心ついたときからなので
三十年以上かと。
Q2.「足(靴)フェチ」ってナニ?
A2.簡単に言うと「男が女性の足
や靴に性的興奮を覚える」事。
詳しくはWikiなどで調べてね。
Q3.女の人の足や靴のどこに
魅力を感じるの?
Q3.人それぞれだけど、私は脚の
曲線や爪先に惹かれる。
靴は履き潰されたものが好き
だけど何でも良いわけじゃない。
Q4.自分の「足(靴)フェチ」を誰か
にカミングアウトしたことある?
A4.ネット上では既に公表済み。
リアルでもごく一部の人にだけ
告白したことがある。
Q5.何がきっかけで「足(靴)
フェチ」になったの?
A5.正直よくわからない。気が付い
た時は女性の靴に興味を持って
いた、という感じ。案外私の前世
は犬だったのかもしれない。
Q6.女性に縁がないのは「足(靴)
フェチ」が原因だと思う?
A6.それはあると思う。
Q7.もし「足(靴)フェチやめますか
それとも人間やめますか」と
聞かれたらどう答える?
A7.ノーコメント。
Q8.「足(靴)フェチ」は悪いことだと
思う?
A8.決して良いことではないけれど
世間に迷惑をかけない範囲内で
楽しむことは悪くないと思う。
※リンク紹介
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